さっさとくたばれ、愛しの貴方へ。
αβーアルファベーター
貴方の魔法は……
◇◆◇
私は、貴方が嫌いだった。
はっきりとした理由があったわけじゃない。
憎まれるほどのことをされた記憶もない。
傷つけられた覚えだって、きっとない。
それなのに――
気づけば私は、
貴方の存在を避けるようになっていた。
いつも、隣にいた。
声をかけなくても、求めなくても、
まるで最初からそこに居場所が決まっていたみたいに。
朝も、昼も、夜も。
世界がどんな顔をしていようと、
貴方は変わらず私の隣に立っていた。
息をするように優しくて、
当然のように微笑んでいて。
そのすべてが、
どうしようもなく、癪に障った。
「……どうして、そんな顔ができるの?」
ある日、思わず漏れた言葉。
貴方は少し驚いたように目を瞬かせ、
それでも怒ることなく、
困ったように笑った。
その笑顔が――
たまらなく、嫌だった。
世界は残酷だ。
誰かが理不尽に傷つき、
誰かが何も報われないまま消えていく。
優しい人ほど損をして、
正しい想いほど踏みにじられる。
それなのに。
それなのに、貴方だけは、
まるで“愛すること”を疑うという発想そのものを知らない存在のようだった。
裏切られても、
拒まれても、
冷たい言葉を向けられても。
それでも人を想い続けるなんて。
――そんなの、間違っている。
そう思った。
だから私は、貴方が嫌いだった。
◇◆◇
この世界には、ひとつの理がある。
“想いは力になる”。
感情は魔力となり、
強ければ強いほど、形を持つ。
怒りは炎に。
悲しみは鎖に。
憎しみは――刃になる。
人の心を、最も鋭く裂く力。
それが、
“想いを刃に変える魔法”。
私は、その魔法を選んだ。
夜の静寂の中、
冷たい空気が肺を刺す。
震える指で、私は呪文を紡いだ。
「……さっさと、くたばれ」
言葉にした瞬間、
胸の奥で何かがひび割れた。
黒い光が生まれる。
それは確かに、殺意だった。
貴方の存在を否定し、
貴方がこの世界に在る理由を消し去るための力。
心を。
記憶を。
存在そのものを――なかったことにする魔法。
私は、貴方を殺そうとしていた。
――なのに。
貴方は、逃げなかった。
後ずさりもせず、
恐怖に顔を歪めることもなく。
ただ、まっすぐ私を見つめていた。
「……やっぱり、そうだと思った」
そう言って、
少しだけ、寂しそうに笑った。
「君は、僕を嫌ってるんだよね」
その声は静かで、
責める色も、怒りもなかった。
それが、どうしようもなく腹立たしかった。
「当たり前でしょ!」
私は叫んだ。
「貴方のその優しさも、
声も、態度も……全部!」
嫌いだ。
大嫌いだ。
そう言い切りたかった。
なのに。
胸の奥が、
ぎゅっと掴まれるように痛んだ。
息が詰まり、
喉の奥が熱くなる。
嫌いなはずなのに。
憎んでいるはずなのに。
どうして、こんなにも苦しいのか。
◇◆◇
放たれた魔法は、
貴方に触れた瞬間――
消えた。
弾かれたわけでも、
防がれたわけでもない。
まるで、雪が陽だまりに落ちるみたいに。
静かに、
音もなく、
溶けて消えた。
「……どうして……?」
呆然と立ち尽くす私に、
貴方はゆっくりと口を開いた。
「君の魔法は、確かに殺意だった」
胸に手を当て、
確かめるように言う。
「でもね、
それよりずっと強い感情が混じってた」
「……なに、それ」
声が震える。
「寂しさと、怖さと――」
一拍置いて、貴方は続けた。
「それから、救われたかった想い」
私は言葉を失った。
そんなもの、認めたくなかった。
気づいていたとしても、
見ないふりをしていた感情だった。
「僕はね」
貴方は、穏やかな声で語る。
「君がどんな顔をしていても好きだった」
笑っていても。
怒っていても。
突き放すような目を向けても。
「嫌われても、拒まれても……」
少しだけ、声が震えた。
「それでも、
君が生きてくれるなら、それでよかった」
その言葉が、
鋭い刃のように、私の心を貫いた。
血は流れない。
傷も見えない。
けれど確かに、
心の奥深くが、壊れた音がした。
◇◆◇
殺そうとしたはずだった。
消したかったはずだった。
この世界から、
貴方の優しさごと、消し去るつもりだった。
なのに。
「……ずるいよ、そんなの」
声が、かすれる。
視界が滲み、
頬を何かが伝った。
涙だと気づくまで、少し時間がかかった。
「そんな愛……」
言葉が続かない。
「どうやって、殺せばいいの……」
貴方は、何も言わず、ただ微笑んだ。
その笑顔は、
最初に嫌いだと思ったあの顔と、
同じなのに。
今は、胸が痛くて仕方なかった。
「殺さなくていいよ」
静かな声。
「愛は、戦うものじゃない」
少し間を置いて。
「返すものなんだ」
私は、ゆっくりと手を伸ばした。
呪文も、魔法陣もない。
刃も、殺意もない。
ただ、心の奥底から溢れてくる、
名前のつかない感情だけを抱えて。
「……さっさとくたばれ、 なんて言ってごめん」
震える声で、正直に言った。
「生きてて」
喉が詰まりながら、それでも続ける。
「……私の、そばで」
貴方は一瞬、言葉を失い、
それから少し泣きそうな顔で笑った。
「うん」
その声は、世界でいちばん優しかった。
「それが、いちばん嬉しい」
◇◆◇
愛には、愛でしか応えられない。
その単純で残酷な真実を知るまで、
私はあまりにも遠回りをした。
憎しみだと思っていた感情は、
本当は、救われたかった叫びだったのだと。
その日、世界でひとつの魔法が生まれた。
名前のない魔法。
誰かを傷つけるためでも、
守るためでもない。
ただ、
誰かを想い続けるためだけの力。
それは誰も殺さず、
誰も壊さず、
静かに、確かに――
二人を、生かし続けた。
さっさとくたばれ、愛しの貴方へ。 αβーアルファベーター @alphado
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