10:Urban Defense / Unfair Contract
武雄温泉駅の駅舎が、不自然に波打っていた。
改札を抜ける人々の背後で、現実のテクスチャが剥がれ落ち、その下から無機質なグリッド線が露出する。街のスピーカーから流れる夕暮れのチャイムが、突如として耳を劈(つんざ)く不協和音へと変貌した。
「……深度四。記述の崩落、止まらないわね」
カノンが、愛用の端末を操作しながら冷淡に告げた。
彼女たちは今、武雄図書館の屋上、巨大な円形屋根の端に立っていた。下界では、何が起きているのかも理解できぬまま、人々がパニックに陥り始めている。
「見て、あそこ! 楼門の向こう側が……真っ黒に塗りつぶされてる」
アリアが指差した先。朱色の美しい楼門を背景に、空そのものが「一方的な絶交状」のように、巨大な『UNILATERAL-VOID』の文字で覆い尽くされていた。
『ALERT: UNFAIR-CONTRACT detected. Deleting current sequence.』
「……また。またアイツらは、そうやって勝手に終わらせるのね」
ワカが、扇子を強く握りしめ、眉を吊り上げた。彼女の漆黒の髪が、空間の歪みから生じる電子の風に激しくなびく。
「わたくしたちの思い出も、この美しい景色も……全部『飽きた』で済ませるつもりかしら。ふざけましてよ。お黙りなさい、不潔な神(ライター)ども!」
「……ワカ。怒りに記述を任せるな。同調(シンクロ)が乱れるぞ」
隣で静かに目を閉じていたカナタが、一歩前に出た。
彼は懐から、実家の神社に伝わるものと同じ意匠の数珠(を模した神経接続デバイス)を取り出し、静かに祈るように指にかけた。
「アリア、怖がらなくていい。俺がここにいる限り、お前の歌は……世界の続きは、誰にも遮らせない」
その声は、荒れ狂う嵐の中でも消えない「聖域」のような安らぎを湛えていた。
その瞬間、四人の足元のコンクリートが青白い光と共に透過し、地下からせり上がってきた発射シリンダーへと吸い込まれていく。
――全機、記述開始(ブートアップ)。
次の瞬間、武雄の街の中心に、四機の巨神が降臨した。
駅前広場に降り立ったのは、紅金色の05号機『カプリッチョ』。
線路沿いを滑走するのは、冷徹な青い光を放つ01号機『エチュード』。
そして。
「カナタ、前を頼む!」
「了解。……『不抜の加護(イージス)』、展開」
カナタの02号機『インテルメッツォ』が、駅舎を背負うようにして巨大な盾を掲げた。
その盾から放たれた波動は、物理的な装甲を超え、周囲の「現実」を不変の定数として固定する結界となった。襲い来るエコーの『ABUSIVE-LOGOS』――悍ましい罵声の奔流が盾に衝突し、神聖な静寂の中へと消えていく。
『GAAAAA……SAD……VOID……!』
空から降り注ぐのは、未完成のまま放置された「失敗作」たちの残像。
それらは、実体を持たぬまま街の建物を侵食し、人々の存在定義を奪おうと蠢く。
「アリア! 浄化の準備を!」
テツトの鋭い指示が、共鳴性記述液『S.Y.N.C.-L.I.Q.U.I.D』を通じて脳内に直接響く。
アリアは白銀の巧機、04号機『ウーヴェルチュール』の操縦桿を握りしめた。
「……うん。……リライト・ブレード、展開!」
白銀の長槍から、光り輝く刀身が伸びる。
彼女には見えていた。エコーたちが撒き散らす、黒い「不履行」の記憶。
それを一太刀浴びせるたびに、街の一部が元の色を取り戻していく。
カノンの精密射撃が、攪乱するノイズの核を正確に否定(デリート)し、
ワカの優雅な暴力が、不当な契約(エコー)を空間ごと洗浄していく。
しかし、その戦いの最中。
アリアの意識の端に、ノイズではない、純粋な「悲しみ」が流れ込んできた。
『……忘れないで。……私たちも、愛されたかったのに』
「……っ!? いまのは……?」
一瞬、シンクロ率が揺らぐ。
白銀の機体のヴォーカル・コアが、警告の赤色に明滅した。
「アリア、どうした! 意識を保て!」
テツトの声に、アリアは歯を食いしばる。
空の『UNILATERAL-VOID』から、今までにないほど巨大な、破れたベールを纏ったような影が姿を現そうとしていた。
それは、機体リストの欠番――『03』に、どこか似た輪郭を持っていて。
「……あ……」
アリアの瞳に、見たこともないはずの「泣き顔の少女」の幻影が重なった。
次の更新予定
黎明創紀 APORIA-CODE 久遠 魂録 @otsuma4041
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