何で恋には落ちるけど、拾ってはくれないんだろう?
なかごころひつき
「何で恋には落ちるけど、拾ってはくれないんだろう?」
恋は盲目というけれど、私の視力は2.0ある。
健康診断で「よく見えてますね」と言われるたびに、「ですよね」と素直にうなずいてきた。
標識も、値引きシールも、人の表情も、だいたい見える。
それなのに私は、恋に落ちた。
相手は同級生。
少なくとも、友達リストには入っている。
でも、ちゃんと話した記憶はほとんどない。
挨拶はする。
同じ空間にいれば、気まずくはない。
でも二人きりになったら、たぶん天気の話で終わる気がする。
その程度の距離。
なのに私は、その人のSNSを毎日見ている。
「今日はレジで小銭が足りなくて焦った」
「帰り道で猫を見たら逃げられた」
「洗濯物、外に干したのに雨降った」
世界でいちばんどうでもいい日記。
なのに私は、それを律儀に読んでいる。
今どき電子決済にしたら一瞬なのに、とか、
急に覗き込まれたら猫だって驚くに決まってる、とか、
洗濯物を干す前に天気予報くらい確認しようよ、とか。
心の中で小さなツッコミを入れては、「うるさいな私」と自分で自分を黙らせる。
たぶん私は、木を見て森を見ず、という状態だ。
いや、森どころか、落ちている松ぼっくりを一個ずつ数えている。
ある日、その人がこんなことを書いた。
「今日は特に何もなかった」
私はスマホを見ながら、「それが一番すごい」と思った。
事件も事故もなく、感情の起伏もなく、ただ一日が終わる。
それを「特に何もなかった」と言える人生。
ああ、好きだな、と思った。
犬も歩けば棒に当たるというけれど、
私は歩いてもいないのに、勝手に頭を打った。
冷静に考えれば、これは一方通行だ。
相手は毎日、今日あったことを投げているだけ。
私はそれを、ありがたく受信しているだけ。
暖簾(のれん)に腕押し。
馬の耳に念仏。
糠(ぬか)に釘。
完全に、拾われないタイプの落とし物を、私はしている。
それでも私は、たまに期待する。
今日の投稿に、少しだけ私の存在が混じるんじゃないか、と。
私の苗字の一文字でもいい。
いや欲を言えば、「私に雰囲気似てる人を見た」でもいいし、
もっと控えめに言うなら、「知り合い」でも、「誰か」でもいい。
主語がぼやけていても、私は勝手に当てはめる自信がある。
そういう一文を探して、無意識にスクロールする。
もちろん、ない。
覆水盆(ふくすいぼん)に返らず。
一度芽生えた期待は、なかったことにはならない。
でも、私は分かっている。
相手は悪くない。
ただ日々を記録しているだけ。
それを勝手に読んで、勝手に意味を足して、
勝手に落ちているのは、完全に私の責任。
視力2.0で、全部見えている。
距離感も、温度差も、脈のなさも。
それでも私は今日も、その人の「今日あったこと」を読む。
歯磨きしたとか、眠いとか、靴擦れしたとか。
正直どうでもいい内容。
でも、好き。
石橋を叩いて渡る性格のはずなのに、
恋だけは確認不足なのは、何でだろう。
きっと私は、拾われないことを分かった上で落ちている。
だって拾われたらちょっと困っちゃうし、
でも拾われなかったら、やっぱり切ない。
その中途半端な場所が、案外ちょうどいい。
だから今日も私は、地面に転がったまま、
スマホを見て、ひとりで納得する。
——何で恋には落ちるけど、拾ってはくれないんだろう?
何で恋には落ちるけど、拾ってはくれないんだろう? なかごころひつき @nakagokoro
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