第3話 最適解
次に何を描けばいいか、もう迷わなくなっていた。
朝起きて、iPadを開く。
ラフを描く前から、完成図が頭に浮かぶ。
今、何が流行っているか。
どんな構図が伸びるか。
どの配色が「刺さる」か。
考えているつもりはない。
ただ、分かってしまう。
線を引く。
色を置く。
迷いはない。修正もいらない。
投稿する。
――伸びる。
万単位のいいね。
拡散。
「次も楽しみにしてます」という言葉。
最初の頃は、それが嬉しかった。
画面越しに、誰かが確かに自分を見ている感覚があった。
でも、いつからだろう。
通知が増えても、胸が動かなくなった。
代わりに、数字が下がることだけが怖くなった。
もし、これが伸びなかったら?
もし、反応が鈍かったら?
そんなことを考えながら描くのは、楽しいはずがなかった。
ある日、ふと思い立って、昔好きだったキャラクターを描こうとした。
流行とは関係ない。
今はあまり話題にもならない作品。
それでも、私は確かにこのキャラクターが好きだったはずだ。
ペンを取る。
――線が、引けない。
輪郭が定まらない。
どこが可愛いのか、どこを強調したいのか、分からない。
「……あれ?」
何度も描き直す。
でも、完成に近づくほど、違和感だけが増していく。
頭の奥で、何かが囁く。
それは、声じゃない。
言葉でもない。
ただ、「それは最適じゃない」という感覚。
私は、そっとそのラフを消した。
代わりに、最近よく伸びる題材を選ぶ。
よく見る構図。
安全な配色。
手は、また迷いなく動いた。
投稿すれば、案の定、反応はいい。
その夜、iPadのホーム画面を眺めていて、あのアプリがまだ消えていないことに気づいた。
名前のない、白いアイコン。
押しても開かない。
削除もできない。
「……ねえ」
思わず、画面に話しかけていた。
「私、ちゃんと見られてるよね?」
返事はない。
代わりに、SNSの通知が鳴る。
新しい「いいね」。
新しいコメント。
私はそれを眺めながら、奇妙な感覚に襲われた。
――この絵を描いたのは、本当に私だろうか。
技術はある。
評価もある。
でも、「好き」は、どこに行った?
思い出そうとして、気づく。
いつからか、
自分が何を描きたいのかを考えていなかった。
見られるために描く。
伸びるから描く。
期待されるから描く。
それは、確かに願った通りの未来だった。
「もっと私の絵を見て」
その願いは、完璧に叶えられている。
それなのに。
胸の奥に、空洞みたいなものが広がっていく。
描き続けているのに、
自分が、どんどん薄くなっていく。
画面の向こうでは、今日も誰かが私の絵を見ている。
評価して、消費して、次を待っている。
私はペンを置いた。
次に何を描くべきか、もう分かっている。
でも――描きたいものは、分からない。
iPadの画面に、自分の顔がうっすら映る。
知らない表情だった。
それでも、明日になれば、私はまた描く。
最適なものを。
望まれたものを。
だってもう、
「見られない私」には戻れない。
この願いは、確かに叶えられた。
叶えられたはずなのに。
反響の星 綴葉紀 琉奈 @TuduhagiLuna
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