第2話 知らないアプリ
目が覚めて、最初に手を伸ばしたのはiPadだった。
習慣みたいなものだ。
夜中に通知が来ていないか、ほんの少しだけ期待してしまう。
画面をつけて、私は一瞬、固まった。
――知らないアプリがある。
ホーム画面の端、いつも使っているお絵描きアプリの隣に、見覚えのないアイコンが増えていた。
白地に、黒い絵筆の絵が一つかいてあるだけの、地味なデザイン。
アプリ名はなかった。
タイトル表示の場所が、空白になっている。
「……なんか入れたっけ」
記憶を辿る。
寝ぼけてインストールした?
アップデートのついでに何か入った?
どれもしっくりこない。
少し迷ってから、アイコンをタップした。
画面が暗転し、すぐに白い文字が浮かび上がる。
『あなたのイラスト、
もっと見られたくないですか?』
シンプルなポップアップだった。
装飾も、キャラクターもない。
ただ、その一文だけが中央に表示されている。
下には二つの選択肢。
【はい】
【いいえ】
心臓が、少しだけ速く打つ。
冗談みたいな文面なのに、目を逸らせなかった。
昨日、自分が何を考えていたかを、画面が知っているみたいだったから。
「……見られたく、ないわけないじゃん」
小さく呟いて、【はい】を押した。
次の瞬間、画面が強く光った。
思わず目を閉じるほどの白。
でも一瞬で収まり、すぐに見慣れたホーム画面に戻る。
何も起きていない。
「……え?」
アプリは、もう開けなくなっていた。
アイコンを押しても反応がない。
長押ししても、削除の表示が出ない。
ただ、そこに「ある」だけ。
肩透かしを食らった気分で、私はいつものお絵描きアプリを開いた。
昨日の続きのイラスト。
好きなキャラクターの、いつもの構図。
ペンを走らせる。
――あれ?
線が、迷わない。
いつもなら何度も引き直す輪郭が、一発で決まる。
色の選び方も、配置も、自然に手が動く。
描いていて、楽しい。
純粋に、楽しい。
集中していたせいか、時間があっという間に過ぎていた。
完成したイラストを見て、私は少し息を止める。
「……私こんなに、絵上手かったっけ」
自画自賛じゃない。
昨日までの自分の絵と、明らかに違う。
胸の奥が、じわっと温かくなる。
迷わず投稿した。
タグをつけて、投稿ボタンを押す。
スマートフォンを置いて、コーヒーを淹れる。
戻ってきて、何気なく画面を見る。
通知が、増えている。
一つ、二つ、十、二十。
いいねの数字が、止まらない。
リポスト。
コメント。
「かわいい」
「線がきれい」
「このキャラの解釈好き」
知らない人たちの言葉が、次々と流れてくる。
息が詰まりそうだった。
嬉しさと、戸惑いと、信じられなさが混ざる。
「……え、夢?」
頬をつねる。
痛い。
……夢じゃない!!
通知は、まだ増え続けている。
数字は、いつの間にか万を超えていた。
画面が、眩しい。
昨日まで、誰にも見られていなかった絵が、
今は、こんなにも見られている。
胸の奥で、何かがはっきりと音を立てた。
――見てもらえる。
私の絵が、ちゃんと。
その日のうちに、フォロワーは何桁も増えた。
次に投稿したイラストも、同じように広がった。
偶然じゃない。
一度きりでもない。
私は、確信し始めていた。
あのアプリが、
私の「願い」を、確かに叶えたのだと。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます