第3話「湯麺の宿」
エピソード1:至福の瞬間
長い一日が終わり、ミキは自宅のバスルームへと向かった。ただのお風呂ではない。今日の彼女は、とっておきの「ラーメン風呂」を準備していたのだ。湯船には豚骨スープを模した入浴剤が溶け込み、ぷかぷかと浮かぶのは、本物そっくりの麺やチャーシュー、半熟卵、そしてネギ。湯気からは食欲をそそる香りが漂う。
ミキはゆっくりと湯船に身を沈めた。温かいスープが肌を包み込み、まるで全身が美味しいラーメンに浸かっているような感覚。目を閉じれば、日頃の疲れがじんわりと溶けていくのを感じる。肩に落ちる湯滴すら、まるでラーメンの油玉のようだ。
「ああ、至福…」
彼女は小さく呟いた。仕事のストレスも、人間関係の悩みも、このラーメン風呂の中ではすべてどうでもよくなる。横に置かれた小さなテーブルには、温かいお茶のカップが置いてある。完璧な組み合わせだ。
ミキにとって、このラーメン風呂はただのリラックス法ではなかった。それは、彼女が自分自身を甘やかし、心を解放するための秘密の儀式だった。明日からの活力は、このユニークなお風呂から生まれるのだ。
エピソード2:新しい体験型旅館
創業百年の老舗旅館「翠玉亭」は、時代の変化とともに客足が遠のいていた。若女将のサクラは、何とか旅館を立て直そうと必死だった。そんなある日、彼女は夢を見た。夢の中で、人々が温泉ならぬ「ラーメンの湯」に浸かり、歓喜の声を上げているのだ。
目を覚ましたサクラは、その突飛なアイデアに最初は戸惑った。しかし、これまでの伝統的な温泉旅館の常識を打ち破る「何か」が必要だと感じていた彼女は、一縷の望みをかけ、プロジェクトを始動させた。
数ヶ月後、「翠玉亭」は「湯麺の宿 麺々庵」として生まれ変わった。目玉は、宿泊客が選べる様々なラーメンの入浴剤と、それに合わせた具材のレプリカが浮かぶ「ラーメン風呂」だ。豚骨、味噌、醤油…それぞれの湯には、本物と見紛うばかりの麺やチャーシュー、卵、メンマなどが浮かべられる。
当初は物珍しさからか予約が殺到した。写真は、オープン初日に一番乗りでラーメン風呂を体験した女性客のユリ。彼女はIT企業の社長で、日頃の激務から解放される場所を探していた。
ユリは恐る恐る湯船に足を踏み入れた。最初は抵抗があったものの、温かい湯と、微かに香るラーメンの匂いに、すぐに心が解き放たれていくのを感じた。
「これは…想像以上に良いわ」
目を閉じ、湯に浸かるユリの顔には、安堵と満足の表情が浮かんでいた。湯上がりの休憩スペースでは、本物のラーメンが振る舞われる。「湯麺の宿」は、日本の新しいエンターテイメントとして、瞬く間に話題を集めることになった。
エピソード3:アーティストのインスピレーション
無名の現代美術家、ハルはスランプに陥っていた。次に何を制作すれば良いのか、全くアイデアが浮かばない。毎日毎日、キャンバスの前で腕を組み、うずくまる日々が続いていた。
ある日、空腹を感じながら自宅のバスタブを眺めていたハルの脳裏に、突拍子もないひらめきが走った。
「そうだ、お風呂をラーメンにしよう」
彼はすぐに食材を買い込み、実験を開始した。湯を張り、ラーメンスープの素を溶かし、麺を茹で、チャーシューや卵を並べる。そして、自分自身がその作品の中へと入っていった。
湯船に浸かり、目を閉じる。温かいスープが肌に触れる感覚、湯気と共に立ち上る香ばしい香り。それは、視覚、嗅覚、触覚、そしてどこか味覚をも刺激する、これまでにない体験だった。
ハルは、この瞬間を写真に収めた。それは彼が自らの作品の一部となる、パフォーマンスアートでもあった。この体験から、ハルは新しいシリーズ「生活の中の非日常」を生み出すこととなる。彼の作品は、日常に潜む奇妙で美しい瞬間を切り取り、観る者に新たな視点を与えるものだった。この「ラーメン風呂」の写真は、後に彼の代表作の一つとして高く評価されることになる。
いかがでしたでしょうか?この写真が持つシュールで魅力的な雰囲気を少しでも表現できていれば幸いです。
『妻がカレーになりました』 志乃原七海 @09093495732p
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