第5話 労働時間と自己責任の境界
――「自分で選んだ」は、どこまで責任になるのか
## 1 事件の類型(何が問題になるのか)
労働時間が問題になる事件には、典型的な構図がある。
* 長時間労働が続いていた
* 過労死・過労自殺・健康被害が生じた
* 使用者側は「本人の選択」「自己管理」を主張する
ここで争われるのは、
> **どこまでが自己責任で、
> どこからが使用者の責任か**
という点である。
多くの人は、こう考えがちだ。
* 残業を断れなかったのは本人
* 働きすぎたのは自己管理の問題
しかし、裁判所が見るのは、そこではない。
## 2 関係する法制度の前提
労働時間をめぐる判断には、次の前提がある。
* 労働時間は、原則として使用者の管理下にある
* 労働者は、対等な立場で自由に選択できる存在ではない
この前提があるため、
**「自分でやった」という言葉は、そのまま責任免除にはならない**。
## 3 裁判所が使う基本フレーム
労働時間と責任の所在について、
裁判所は次の観点から判断する。
### ① 業務との関連性
* その行為は業務上必要だったか
* 業務命令や事実上の強制があったか
業務と結びついていれば、
「自主的」であっても労働時間と評価されやすい。
### ② 使用者の認識・管理
* 長時間労働を把握していたか
* 抑止・是正の措置を取っていたか
重要なのは、
> **放置も管理の一形態として評価される**
という点である。
### ③ 労働者の裁量の実質
* 本当に断れる状況だったか
* 評価・昇進・人間関係への影響はなかったか
形式的に「自由」であっても、
実質的に選択の余地がなければ、自己責任とはされにくい。
## 4 「自己責任」が否定される典型パターン
裁判例を整理すると、
次のような場合には、自己責任論は退けられやすい。
* 長時間労働が常態化していた
* 上司が事実上それを容認していた
* 業務量が物理的に時間内に終わらない
* 残業しないと評価が下がる構造があった
この場合、
> 働いた「結果」ではなく、
> 働かざるを得なかった「構造」が問題にされる。
## 5 逆に、自己責任が肯定されやすい場合
一方で、次のような場合には、
自己責任と評価される余地がある。
* 業務と無関係な行為
* 明確に私的な活動
* 使用者が是正措置を取っていた
ただし、
**このラインはかなり狭い**。
裁判所は、
「完全な自由意思」を簡単には認めない。
## 6 裁判所が引いている「線」
裁判所が引いている線は、次のようなものだ。
### 使用者の責任が認められやすい領域
* 業務上の必要性がある
* 管理・指揮命令の影響下にある
* 是正されない長時間労働
### 自己責任が問題になりにくい領域
* 業務と切り離された私的行為
* 明確に制止されていた行為
ここでのポイントは、
> **「自分でやったか」ではなく、
> 「やらざるを得なかったか」**
で線が引かれている点である。
## 7 これまでのテーマとの共通構造
ここまで扱ってきたテーマと、
労働時間・自己責任は同じ構造を持つ。
* 尊属殺
→ 身分で一律に重くできない
* 正当防衛
→ 感情で正当化できない
* 表現の自由
→ 不快感で違法にできない
* 校則・懲戒
→ 規則があるだけでは足りない
* 労働時間
→ 自己責任という言葉だけでは足りない
すべてに共通するのは、
> **形式ではなく、実質で線を引く**
という判断姿勢である。
## 8 この線が持つ現実的な意味
この判断枠組みは、次の場面でそのまま使われる。
* サービス残業
* 持ち帰り仕事
* 自主的勉強・研修
* 成果主義の名の下の長時間労働
重要なのは、
> 自分で選んだか、ではない。
> **選ばされた構造があったか。**
という視点である。
---
## まとめ(試験・理解用)
* 労働時間は原則として使用者の管理下にある
* 「自主的」「自己責任」は免罪符にならない
* 判断は、業務性・管理性・実質的裁量で行われる
* 問題は意思ではなく、構造である
法学、法律初心者用 条文・判例解説小説 nco @nco01230
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