第5話 上手に生きている

何度か、眠れない夜があった。

部屋の明かりを消しても、世界の輪郭だけがはっきりとしている。

数ヶ月前にはそれが度々ある程度だったのに。

気づけば、それが毎日になっていた。

眠りにつこうとするたびに”足りてないよ”と声が頭に響く。

静かなはずの夜に、その声だけがやけにうるさく残る。


”努力が足りてないよ”


わかってるよ。

返事をする相手はいないはずなのに。

明日はもっと早く起きて、今日できなかった分を頑張れば良い。

あの勉強をして、そういえばテストが近いからあれもやって、頼まれてたのが在ったからそれも終わらせて、全部完璧に。

ちゃんとやらなきゃ、ちゃんとやらなきゃ。

言葉を紡ぐたびに、苦しくなる。

息ができなくなる。


ある日、友達に言われた言葉がいつまでも僕の中で引っかかっている。

笑い声の響く、楽しい放課後に何気なく投げられた言葉。


”君は、手を抜くのがうまいよね。羨ましい。”


なんて、返したんだっけな。

でしょって言ったんだっけ。

僕は、手を抜くのが上手いらしい。

いいバランスで上手く生きているらしい。

そうなのかな。

でもきっとそうなんだろうね。

少なくとも、そう見えるように振る舞ってきた。

そう見せるのがうまくなったんだね。


”お前は悩みとかなさそうでいいよね”


”楽そうでいいね”


そう見えるんだね。

胸の奥で小さく安堵する自分がいる。

良かった。

じゃあ僕はまだ笑えているんだ。

上手に、誤魔化すことができているんだ。

あぁ、良かった良かった。

これでまた、僕は君たちと一緒にいられる。

同じ輪の中に立ち続けられる。


傷つきやすくて、すぐ病んじゃう子は嫌われちゃうから。

誰かにそう言われたわけでもないのに。

笑って、うるさくて、元気で、明るくて、ノリが良い。

みんなの好きな僕を演じる。

本当の僕を見るのは、僕だけでいい。

誰にも見せない夜の闇のなかで。

眠れない夜にひっそりと、泣いてしまう自分を慰める僕だけで。

明け方まで残るその影を、そっと抱きしめたまま。

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掃き溜め まるたろう @marutaro_17

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