第4話 傷
母に、手首の痕を見られた。
朝の光だけが、場違いに眩しくて。
怒られた。
声は強く、でも、視線はどこか揺れていた。
”それ”は、悪いことらしい。
僕にとっては”それ”が救いなのに。
駄目なことらしい。
言い返す言葉が喉の奥でつっかえ、何も出てこない。
ごめんなさい、と機械のような意味のない言葉だけが出た。
謝った瞬間、何か大事な物を投げ捨てたような気分になって、苦しくなった。
友達に、話した。
切ってしまったと。
昼休みのざわめきが少しうるさい教室で、僕の声だけが小さく響く。
怒られた。
友達は、僕に”それ”をしないでほしいという。
僕が大事だからしないで、やめてと。
その言葉は、正しくて、優しくて、余計に胸が苦しくなった。
守られていると思う反面、逃げ場が1つなくなったことを痛感させられる。
わかっている。
やっては、いけないことだって。
「普通」の人はしないから。
だから、もう大丈夫と笑った。
何時間も、鏡の前で笑顔の練習をして。
無理やり自分の口角を上げて。
もうしないって、小さな嘘をついた。
嘘は簡単で、軽くて、いつも先に口からこぼれ落ちる。
本当の言葉は、胸の奥で小さくなって沈む。
みんなは、心配しなくなった。
手首から、傷が消えたから。
もう大丈夫なんだ、と勝手に安心して。
勝手に心配して、僕から逃げる道を奪って、勝手に安心して、僕を見なくなった。
人からの視線が外れた瞬間、僕の世界に静けさと孤独が戻って来る。
知っている。
人がそういう反応をすることは。
だから、僕は綺麗になった両腕を見せて笑う。
「ほうら、綺麗になったでしょう?」
真新しい傷の残る太ももを隠しながら。
みんな気づかない。
だって僕は隠すのが上手いから。
笑うのが、得意だから。
そして今日も、”その”得意が僕をここに立たせてくれる。
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