三章
第8話
キリン:十七歳。魔法は無敵。
パンダ:十七歳。魔法は飛行。
カトレア:十六歳。魔法はデージーの元への瞬間移動。
デージー:十六歳。魔法はカトレアの元への瞬間移動。
×アルファ:十五歳。魔法は時間停止。
ベータ:十五歳。魔法は嘘を吐かせない。
葡萄:十四歳。魔法は空間の生成。
蜜柑:十四歳。魔法は生物の殺害。
空:十三歳。魔法は人体の復元。
×海:十三歳。魔法は記憶の消去。
恒星:十二歳。魔法は火炎。
彗星:十二歳。魔法は他者の寿命の把握。
〇
アルファは死んでいた。
生死の判別は彗星が行った。物言わなくなっていたアルファに唇を重ねると、彗星は表情のない声で「寿命はゼロですな」と呟いた。
「アルファとはちゅうしたことなかったから、今日死ぬなんて知らなかったですじゃ」
「信じられない……」ベータが震え上がった。「蜜柑ちゃんがまた人を殺すだなんて……」
「……蜜柑の魔法は手を触れなければ効果がなかったのでは?」キリンが呆然とした様子だった。
「……魔法の力はアップすることもある。レベル2への移行などとも呼ばれている」苦々しい声で言ったのは恒星だった。「かくいうボクも実験中にレベルアップを果たしたことがある。以前までは手のひらに火球を生み出して投げる程度だったが、今では遠くまで火炎放射器のように炎を発せられるようになった。居住棟を燃やし尽くすくらいのことは可能だろう」
「これ……まずいのでは。キリンさん達は皆殺されるのでは?」キリンは歯を震わせてガタガタと音を立てた。「うわぁああああ! 死にたくないですよおおおお! ひぃいいい!」
「何で殺されるねん?」「せや。アルファは空を殴んりょったけん殺されたんであって、逆らわんかったらええだけとちゃうん?」とカトレアとデージー。
「キリンさん達、蜜柑が垢塗れの糞塗れになってるのを、ずっとほったらかして来たじゃないですかああああ!」キリンは震え続けている。「キリンさんも頼まれたらたまに手は貸しましたけど、それでも基本は放置でしたよおおお。うわぁああああ!」
「……これは話し合いの時間を持った方が良いわよね」葡萄が顔を真っ青にしてパンダの方を見た。「よりにもよってアルファが死んだし。緊急事態なんてものじゃない。分かるでしょ?」
「……そうね」
水を向けられたパンダは、吐き気すら堪えるような弱り切った表情だったが、強い克己心でそれを飲み込んだようだった。
「空。蜜柑と一緒にここにいてちょうだい」
「……なんで?」とわたし。「わたしと蜜柑を残して何を話すっていうの?」
「良いからいてちょうだい」パンダは突き放すように言った。「他の皆は付いて来て。食堂よ」
わたしと蜜柑だけが建物の外に取り残された。
さっきまで泣きじゃくっていた蜜柑は、その場で項垂れてじっと地面を見詰めていた。微かに肩が上下している。震えてでもいるのだろうかと思い、わたしは落ち着かせようと後ろから蜜柑を抱いた。
「アルファの死はわたしも背負うからね」わたしは蜜柑の顔を覗き込む。「殺しちゃって落ち込んでると思うけど、絶対に蜜柑を一人にはさせな……」
蜜柑は笑っていた。
頬が裂けるような笑顔だった。
目には卑屈な愉悦のようなものが滲んでいた。わたしは身震いした。蜜柑は喜んでいるように見えた。アルファを殺すことが出来た自分自身を喜んでいるかのように思えた。喜びの笑みを漏らす度肩が微かに上下に震えていた。
「や……やった。やった……あ、あはっ」蜜柑は笑みをかみ殺すように頬を膨らませる。そして爛漫と輝く目で漏らすように言う。「この力さえ戻ってくればあたしは誰にも負けない。誰にもいじめられないしほっとかれない。皆優しくしてくれる。助けてくれる。あは、あはは……っ」
「ちょっと! 何言ってんの?」
蜜柑ははっとしてわたしの方を振り向いた。
そして焦りのあまり汗を飛ばしながら、おどおどとした声で言った。
「え、あの。その、違うの。今のは……今のはね。あのねっ」
「……いや。しょうがないと思うよ」わたしは色々な言葉を飲み込んでそう言った。「あんたがこれまでどんな扱い受けて来たか考えたら、そう思うのも無理はないよ」
こいつはあまりにも無力だった。自分のこと何一つ出来ない癖に、誰にも差し出せる物がなかった。他人の良心に縋ってしか生きていけないことを知り抜いていて、だから誰にでも媚びた態度で卑屈にへつらって来たのだ。
それでも助けてくれる奴なんていなかった。そりゃそうだ。だってそんなことをしても何の得にもならない。その状態から抜け出す為には、消えた両腕を補う力が必要だった。
こいつは力を得た。それを喜ぶなとは、わたしは言えない。
「さっきあんた。わたしを助けようとしてくれたんだよね?」
「え……うん」蜜柑は頷いた。「だって寿命五年は」
「うん。でもどんなに声を張り上げたってアルファが止まる訳ないもんね。それをあんたも分かってた。かといって両腕ないんじゃ飛び掛かったって返り討ちは見えてるし……そんなあんたがわたしを助ける為に最後縋ったのが、前に持ってた人殺しの魔法だったんだろうね」
そして力は宿った。神か悪魔か……多分悪魔の方だろうがそいつは蜜柑に力を与えた。一人が一種類ずつ使える魔法の力がアップすることは観測されている現象だった。手を触れた相手を殺せる力は、手を触れずとも殺せる力になったという訳だ。
「どんな風にパワーアップしたの?」
「……多分。視界にいれば自由に殺せる」蜜柑は言った。「じっと睨んで『死ね』って念じたら死んだから。目を閉じて同じことを出来るからっていうと、出来ないと思う」
「ふうん。そっか」
「空ちゃんは怒んないの?」
「怒んないって?」
「アルファ殺したこと」
「怒んないよ」
「悪いことじゃないから?」
わたしはぎょっとしそうになるが表情には出さずこう続けた。
「いや……。良いか悪いかで言えばまあ、そりゃ殺してんだから良くはないと思うよ? それは助けて貰った立場のわたしでも、蜜柑は何も悪くないとまで言うのはまずいって分かるし。でも、だとしても、やっぱり怒んないかな。わたしは」
「そうなの?」
「倫理とか道徳に照らせば色々問題はあるんだと思うよ? でもわたしはあんたを咎める立場に回りたいって気持ちにはどうしてもならない。その必要もないと思う。文句言うのはどうせ別の誰かがやるんだし、わたしとしては友達として優しく接してても許されると思う」
「それってあたしが悪くないってこと?」
「いや悪いのは悪いでしょ話聞いてた?」
わたしは思わず声を荒げた。蜜柑は反射的に慌てた様子で「ごめん」と謝って黙り込んだ。
しばし沈黙が流れた。蜜柑はわたしの言っていることを咀嚼しようとして上手くできなかったのか、そのまま俯いて足のつま先で砂を弄り始めた。
わたしは空を見上げた。終わりかけの秋の空は高く小さな白い雲が細かに散っていた。眩い太陽の光が降り注いでいたが、肌寒くなり始めた空気を掻き消す程ではなかった。これからいろんなことが変わり始めるんだろうなとわたしは感じた。
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