第6話

 朝食と片づけを終えると朝礼の時間だった。

 この時間になると皆緊張した表情を浮かべていた。海の死について沙汰があるとすればこの時間であるに違いなかった。

 席には死んだ海を除く十一人の少女たちが勢揃いしている。探偵気取りのキリンとリーダー格のパンダの十七歳の二人。双子で十六歳のカトレアとデージー。乱暴者のアルファと人格者のベータの十五歳の二人。十四歳は葡萄と蜜柑。十三歳はわたし(空)と死んだ海。がり勉の恒星とつまみ食いが好きな彗星は最年少の十二歳だ。寝室の部屋割りも、今現在はこの年齢ごとに別れている。

 「海が死んだ」

 大人達の一人が声を発した。

 わたし達は大人達をそれ程区別しない。誰なら優しいとか厳しいとかはなく、皆ロボットのように同じような振る舞いをするからだ。大人達も名前を名乗ったりしない。皆黒いスーツにサングラスで、全て女性だ。

 「これが自殺だと断定出来るなら何も変わらなかった。これまで通り貴様らの管理をし、貴様らは授業を受けたり研究対象となっていればそれで良かった。しかし我々は調査の結果、海の死は広義的には他殺であるという結論に達した」

 それはどうしてですか? とわたしは問いたかったがそれは許されていなかった。朝礼は発言を許されない限り大人達からの一方通行で行われ、口を挟むと注意の対象となり、多くは体のどこかに硬鞭を一発貰って痛い思いをする。

 「よって規定六章第十九条の要件が満たされた。すなわち『M0からM3、およびF0からF3までの生活区域においてミュータント同士が殺し合った場合、職員は全て速やかに生活区域から撤退すること。撤退状態は該当区域から生存者がいなくなるまで維持されること』この条項が実施されるということだ。尚この条項の目的は『ミュータント同士の闘争・殺戮行為に無辜の職員が巻き込まれることを回避する為』と定められている。よって我々職員はたった今から、このF2生活区域から撤退する」

 言っている意味が分からなかった。

 「貴様らへの接触は必要最低限度となり、貴様らには自治生活を行ってもらう。食料品及び生活物資及びその他必要だと判断されるものは、研究棟の窓から適宜投下されるものを分け合うように」

 喋っている内容をしっかりと読み解けば言いたいことは何となく分かる。ようは大人がいなくなるということだろう。だがそれを受け入れる精神力がわたしにはなかった。殴られたり変な実験をさせられたりしても、わたし達は基本的に大人達によって生かされて来たのだ。秩序だって最低限度は与えてくれていたのだ。

 それがいなくなる? 冗談だろう? 子供だけで自由に振舞えるようになって嬉しいとは考えられない程度には、わたしは同じ施設で生きて来た仲間を信じていなかった。

 「尚これまで貴様らに課せられていたあらゆるルール・義務は、原則的に全てなかったものになる。尚授業映像はこれまで通り教室のモニターで視聴できる。その他施設内の設備は自由に使って良いし、破損するなどして使え無くなれば修理する為の器具と方法をそちらに寄越す」

 気が遠くなって来る。

 「F2生活区域からの職員の撤退は無期限に行われる。先述の通り、ミュータントのみで営まれる生活におけるルールをこちらから定めることはないが、例外として区域からの脱走を測ることだけは禁止とさせてもらう。研究棟への立ち入りもだ。撤退はたった今この瞬間から行われる。我々がいなくなった瞬間から、貴様らは自由だ」

 そう言い残すと、大人達は本当に食堂から立ち去って行ってしまった。

 残されたわたし達は互いに顔を見合わせた。

 「これってどういうことなんですか?」キリンが不安げな声を発した。「キリンさん達、ここに取り残されるんですかあ?」

 「この状況で無限に放置されるとは思えない。そもそも無茶だ」恒星が発言する。「こんな愚かな子供だけを生活区域に残して、まともな生活を何年も続けられるだなんて、向こうも思ってはいないだろう」

 「……どうかしらね」とパンダ。「大人達は私達に嘘だけは吐いたことはなかったはずよ」

 「これホンマなんなん?」「よう分からん。ねぇお姉ちゃん。あたし怖いよ」「ウチもや。けど何とかやってかなしゃあない」「何とかって?」「何とかや」「何とかかぁ」普段能天気なカトレアとデージーも不安げな顔を見合わせている。

 「大人達がいなくなって自由になれるんでしょう? 良いことなんじゃないの?」彗星は素っ頓狂なことを言う。「毎日好きなだけ夜更かしできるのじゃ」

 「バカがよ」アルファが冷たく言った。

 「なんだとーっ」ぷんすか怒る彗星。

 「ちくちく言葉やめようよアルファ」ベータがとりなした。「とにかく今は普段通りに生活するしかないんじゃないのかな? 恒星ちゃんの言う通り、本当にテストの可能性もあるし……」

 「ベータに賛成ね」葡萄は言った。「今は様子を見るしかない。もっとも、テストである可能性は、私はほとんどないと思っているけどね」

 その後のわたし達の行動は大まかに二分された。普段通りのルーティーンを維持するものと、それをせず自分のしたいことをして過ごす者だ。

 パンダ、ベータ、葡萄、恒星が前者に該当した。朝礼の後時間通りに教室に行き、カリキュラムの通りの授業を受けるようだった。

 キリン、カトレア、デージー、アルファ、彗星は授業には出ず、施設内をうろうろしたり、どこかで固まったりして過ごしていた。わたしと蜜柑もこの陣営だった。不安感からか自然とこの陣営は一か所に集まるようになり、何時間か経つ頃には運動場の一か所で同じように膝を抱えていた。

 「食べ物とかオモチャとか服とか全部、そこの研究棟の窓から投げ込まれるんでしたよね?」授業に出ない組の最年長であるキリンが、研究棟を指さして言った。「そんなの絶対取り合いになるに決まってるんですよね。そうなったらこの、魔法を抜きにすれば微かながらひ弱であることを遺憾ながら認めざるを得ないキリンさんなどは……う……うわぁああああああ!」

 キリンはガタガタ震えながら騒ぎ始めた。

 「うわぁああああ。ひぃいいいいいい! きゃああああああああ!」

 「うわ。キリンさんがこんな風になっちゃった」彗星が冷静に言う。「キリンさんはこういう時、良くこういう風になるのじゃ」

 「……あたしは容赦しねぇぞ」アルファが言った。

 「どういう意味や?」「怖いこと言わんといて」カトレアとデージーが言った。

 「独り占めする気ですかぁ?」キリンが震えながら言う。「きききき、キリンさんはそそそそそんなこと許しませんよおぉおお!」

 「ちげぇよ。あたしが容赦しねぇのは、そういう自分勝手な真似をする奴だ」

 「あ。そうですか」キリンは震えを停止した。「じゃあ安心ですね」

 それは言い換えれば腕力のあるアルファにここの秩序をすべて握られることを意味している。アルファがどこまで平等にやってくれるかの保証はないし、食糧や物資が十分に足りている保証もない。

 わたしは自分の膝が震えているのを感じていた。


 〇


 やがて授業を終えたパンダとベータと葡萄と恒星が、学校と呼ばれる建物から出て来た。

 「あんた達、何を固まってるの?」とパンダ。

 「これはパンダ。ちょうど良いところです」キリンは言いながらパンダの背中に回る。「海殺しの犯人の手がかりを探します。居住棟の屋上まで乗せて行ってください」

 「おんぶでもしろって?」

 「いいえ。パンダの魔法で」

 場が騒然としてキリンに視線が集まった。魔法を勝手に使うことはこの施設における禁忌中の禁忌だった。

 「魔法はまずいよ!」ベータは言った。「大人達にたくさん叩かれるよ」

 「……いや。そうとも言えない」恒星は冷静な口調だった。「これまで敷地内で課せられていたルールは原則全て撤廃されたはずだ。今この区域で禁止されているのは、区域からの脱出を図ることだけだ。魔法を使うことも許可されたと見るべきだろう」

 「せやけどパンダの魔法はまずいんとちゃう」「せやせや。この敷地からその気になったら逃げれてまう」とカトレアとデージー。

 「……そうでもないのよね」

 パンダは敷地を囲っている高いコンクリートの壁を見た。それは敷地に存在するすべての建物より高いどころか、三階建ての居住棟の五倍や十倍はざらにありそうな高さを誇った。高すぎて良く見えないが最上部には有刺鉄線のようなものも巻かれており、鉄壁の各所には監視カメラも設置されていた。逃亡者が出ないかどうかを絶えず監視する為だ。

 「あの高さは私でも超えられない。居住棟の屋上程度の高さまで飛んだところで、禁忌には触れないんじゃないかしら?」

 「と言うか、海ちゃんは屋上から落ちたっぽいんだよね? あのカメラのどれかが拾ってない? それでもし事故とか自殺なら……」ベータは希望に縋るかのような声だった。

 「それをした上で他殺だったってことだろ」恒星はそれを冷酷に突っぱねた。

 「ならどうして犯人を教えてくれないのっ?」ベータは喚くかのようだった。

 「……いずれにしろ、キリンさんは屋上に行きますよ」キリンはパンダの背中にしがみ付く。「さあ、飛ぶのです!」

 パンダは不承不承とした様子で頷いた。このルームメイトに振り回され続けた数年間で、一度言い出したら聞かないということを理解しているようだった。

 パンダは微かに背中に力を入れるような所作見せる。すると眩い光の粒をまとった巨大な一対の翼がパンダの背中に現れる。天使かハーピーか、そういう幻想生物を思わせる。それぞれがパンダの身長程もある立派な白い翼だった。

 「綺麗なもんだな」アルファが目を丸くした。

 「人を乗せて飛ぶの初めてだけど大丈夫?」パンダは尋ねた。

 「大丈夫です。万一転げ落ちても、キリンさんは無敵ですから」

 キリンは澄ました表情でそう言ったが、いざ飛行が始まると情けない声で悲鳴をあげた。

 「うわぁあああああああ! 高いです怖いです落ちそうですうわぁあああああああああ! キリンさん無敵ですけど出来たら落とさないでぇええええひぃいいい!」

 キリンの喚き声が遠ざかり、二人は屋上に吸い込まれて行った。そしてしばらくしてから、再びキリンの喚き声を乗せたパンダが戻って来た。

 「怖かったです……」とキリン。

 「何かあった?」とベータ。

 「遺書か何かあれば他殺の可能性も見えたんですけどね」キリンは残念そうだった。「そういったものはありませんでした。血痕の類もなく、争った形跡と言うべきものも」

 「足跡とかはどうなの? 残ってた?」

 「それは残ってました。屋上は埃っぽいですからね。調査の為に入ったであろう大人が踏み荒らしたスリッパの痕の他に、裸足の足跡が一人分です。きっとそれが海の足跡でしょう。ただ……」キリンは微かに考え込むような顔をした。「その足跡、多いんですよね?」

 「多い?」

 「ええ。完全に同一人物の足跡なので、一人分なのは間違いないんですが。でも一人分にしては多いというか、同線も上手く想像できなくて」

 「それがどうしたの? うろうろしただけじゃないの?」

 「そんな感じでもないんですよね……」

 「というか、足跡が海の分だけだというのが、そもそもおかしいんじゃないの?」葡萄は言った。「他殺だとすれば、海のものともう一つ、突き落とした犯人の足跡がないとおかしいはずよ」

 「キリンが大人が踏み荒らした跡だとしている、スリッパの足跡がそうなんじゃないか?」と恒星「ボク達はふつう居住区内は裸足に靴下で行動するが、大人達が履いているスリッパを入手することも出来なくはない」

 「なんでそんなことするの?」とベータ。

 「足跡を誤魔化す為だとか」

 屋上を調べても犯人は判明しなかった。しかし分かったこともあった。

 今現在、この区域内で魔法の使用は許可されている。カメラの前でパンダが魔法を使って見せたのに、大人達から何のリアクションもないことで、それは確信できた。

 「なあパンダ。ホンマに壁って超えられんの?」「れんの?」

 「超えられないわ」カトレアとデージーにパンダは答えた。

 「けど魔法の力ってアップすることあるんやろ?」「せやせや。あたしらも前はお互いの位置が分かるだけやったけど、今ではお互いのおるところに自由に移動できるようになったし」「レベル2に移行、とか言われたやんなぁ」「やんねぇ」「パンダもその内もっと高く飛べるようになるんちゃうん?」「ちゃうん?」

 「分からないわ。仮にそうなったとしても、簡単に飛び越えさせてくれるとは思わないわね」

 その時、ドサドサと鈍い音がして、研究棟から大量の袋が降り注いだ。

 研究棟は区域の隅、二枚の鉄壁がちょうど百二十度の角を描いている部分に、めり込むように設置されている。上から見れば、大きな正三角形を研究棟を中心に三枚の鉄壁で三つの三角形に区切っているように見えるのではないだろうか? 三つに区切られた区域の全てにわたしは所属したことがあり、どの区域から入る研究棟も同じ建物だ。

 「ごはんの時間だ!」彗星が呑気な声で言った。

 その通りで今は普段昼食を摂っている時間だった。わたし達は降り注いだ袋に歩み寄り中身を改めた。そこにはいくつかの肉と野菜と米と調味料が入っていた。ファイルに入った紙も数枚あって、酢豚と味噌汁とハルサメサラダのレシピが乗せられていた。

 「材料やるから自分で作れってことね?」とパンダ。

 「作るのじゃ作るのじゃ!」彗星は興奮しているようだった。「世は腹が減っておるぞ!」

 食糧を運搬し、わたし達はパンダを中心にレシピを再現しようと悪戦苦闘した。調理実習なんて気の利いたものは施設にはなく料理は初体験だ。資料はそれなりに丁寧で図や写真も載っていて分かりやすかったが、実際の調理では露骨に個人の能力差が出た。

 結論から言うと役に立ったのはパンダとベータと葡萄の三人だけだった。わたしも野菜の皮むきに挑戦したが自分の手を切るだけの結果に終わった。彗星はキリンを巻き込んでつまみ食いを目論んでアルファに殴り倒されていた。カトレアとデージーは特に仕事はせず他の連中を茶化していた。恒星は所在なさげにそこらに立っていて、蜜柑はそもそも参加せず食堂の椅子に座って出来上がるのを待っていた。

 どうにか酢豚のようなものが出来上がった。分量や味付けや火加減や水加減は怪しかったが、とりあえず食べられそうなものは出来上がった。

 「蜜柑は参加してないから食べなくて良いわね」葡萄がお決まりの意地悪を言った。

 「やめてよ!」わたしは吠えた。

 「本気で言っているのよ? このような極限状態においては、弱者への配慮は行き届かない。いったい誰が何の役にも立たない奴の為に尽くしてやるというの。フリーライドは許されないのだわ。自分の持てる力で何か貢献できることを探すか、それが出来なきゃ飢え死にするだけよ」

 「わたしが二人分働く」

 「あなたが何の役に立ったというの?」

 「まあまあ。今日は初めてだったし、なかなか上手く動けないのもしょうがないよ」ベータは取り成すように言った。「皆そんな感じだったじゃん。あーしもお米洗う時シンクにちょっとこぼしちゃったしさ。ねぇパンダ」

 「……それぞれの義務と権利をどうするか、その中で蜜柑をどう扱うか悩みどころね」パンダは腕を組んだ。「まあ。ひとまずは皆でこれをいただきましょう」

 結局蜜柑も食事にありつくことが出来た。しかし、食は進んでいないようだった。

 「……不安?」わたしは蜜柑の口に酢豚を運びながら言った。

 「うん……」蜜柑は目を赤くしていた。「あたし……生きていけるかどうか」

 「わたしが何とかするよ」

 「……ごめんね空ちゃん」蜜柑は唇を震わせた。「どうか見捨てないで……」

 これをハッキリ口に出してくれたのは、良かったと思う。

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