二章

第4話

 キリン:十七歳。魔法は無敵。

 パンダ:十七歳。魔法は飛行。

 カトレア:十六歳。魔法はデージーの元への瞬間移動。

 デージー:十六歳。魔法はカトレアの元への瞬間移動。

 アルファ:十五歳。魔法は時間停止。

 ベータ:十五歳。魔法は嘘を吐かせない。

 葡萄:十四歳。魔法は空間の生成。

 蜜柑:十四歳。魔法は生物の殺害。

 空:十三歳。魔法は人体の復元。

×海:十三歳。魔法は記憶の消去。

 恒星:十二歳。魔法は火炎。

 彗星:十二歳。魔法は他者の寿命の把握。


 〇


 起床ベルが響いてわたしは目を覚ました。

 ベッドで悶々と悩んでいる内に、気が付けば意識を失っていたようだ。寝足りない目を擦りながら、ベッドから降りて窓から差し込む朝の陽ざしを見詰めた。終わりかけている秋の窓辺は冷ややかだったが、白銀色の太陽は眩く、空の青色がやけに遠く感じられた。

 ルームメイトのいないベッドを一瞥してから、自分の身支度を進めていると、いつものように蜜柑がやって来たようで、膝なり肩なり頭なりを使って扉をノックした。来訪の許可を得る為のノックではなく、扉を代わりに開けて貰う為のノックだ。

 わたしは歯ブラシを口に咥えたまま扉を開けた。

 「おはよう」

 「おはよう」

 蜜柑はいつもの媚びた表情でわたしを上目遣いに見詰めている。こいつの方が若干背が高いので本来なら上目遣いにはならないはずなのだが、蜜柑はいつも微かに前傾した姿勢をしているのでそうなってしまう。ムカつくのでやめろと言った回数は覚えていないが、同じ回数だけやめることを約束した蜜柑はしかし、未だにこの姿勢でわたしを見上げていた。

 わたしは蜜柑を洗面台に連れて行きコップから水を口に含ませ吐き出させ、この部屋に置いてある蜜柑の歯ブラシで口の中を丁寧に磨いてやる。その間蜜柑は完全にされるがままになる。そのまま顔を洗い髪を溶かし服を着替えさせているところまで、蜜柑はわたしの呼吸に合わせて人形のように従順に動く。

 自分の分と合わせて二倍の身支度をするこの時間は、たいていの場合面倒臭い。しかしあくまでもたまにごくたまに、奇妙な愉悦が胸の奥に燻ぶるように感じることがある。こうして何もかもを自分に委ね自分の意のままに動く蜜柑を相手にしていると、ひょっとするとこいつはわたしのものなんじゃないかという、あらぬ錯覚を感じる瞬間があるのだ。

 葡萄はわたしのことを『蜜柑の奴隷』『小間使い』と揶揄するが、どちらかと言えば蜜柑こそがわたしの人形なんじゃないだろうか? 昔ふとした事故で両腕が取れてしまったが、それでも変わらずに大事にしている大切なオモチャだ。

 「……? なんで髪くくってるの?」

 蜜柑が言う。わたしははっとした。蜜柑の髪を梳かす内、昔優しかった頃の葡萄に教わった編み込みを、手遊みにこしらえてしまっていた。

 「あ、いや、うん……」

 わたしはわざわざ編み込みを解いた。蜜柑は一瞬だけ残念そうな顔をしたが関係なかった。葡萄に教わった編み込みっていうのが嫌だった。それにわたしは蜜柑の髪型の中ではストレートのロングヘアが一番好きだ。

 「この長い髪も手入れ大変だし、やっぱり切った方が良いのかな?」と蜜柑。

 「いやそれはしないって言ったでしょ。わたしが長いの好きなんだから」

 「自分は肩までなのに?」

 「自分のはどうでも良いんだよ」

 洗面所でやることを終えると蜜柑を連れて洋服ダンスの前に行き、二人分の着替えを済ませた。蜜柑の衣類は全部こっちの部屋のわたしのスペースにある。どうせこっちで身支度をするんだからと、自分のスペースを広く持ちたい葡萄が押し付けて来たのだ。

 身支度が終わる。波乱の一日になる予感がした。

 わたしは蜜柑を伴って廊下に出た。そして予想していた通りというべきか、海の死体の前に人だかりができていた。

 「来た来た。第一発見者のお二人やぁ」「ホンマやぁ。なぁなぁ早ぅこっち来て。お話聞かせて」「あんたらのどっちかが突き落としたんちゃうんやろなー」「なー」

 同じ顔をしたカトレアとデージーの二人が、同じ声で矢継ぎ早にわたし達に話しかけて来た。

 「キリンから聞いたで」とカトレア。「二人が海の死体見付けたってな」とデージー。「夜中に二人一緒に出歩いとったんやろ? 怪しいなぁ」「第一発見者を疑えーって刑事小説にも描いてあるもんなぁ」「夜中に屋上まで海を誘えるんも、同室の空に決まっとる」「そうやそうや」「ホンマにあんたらがやったんちゃうやろなー」「なー」

 そう言って同じ長さの人差し指を同じように突き付けて来る。わたしはため息を吐いて首を横に振った。

 「違うよ」

 カトレアとデージーの双子は十六歳で、敷地内における年齢の序列はキリンとパンダに次いで高い。瓜実のような形をした細い顔で眉が太く、性格の割に大人びた顔立ちで唇が蠱惑的に赤い。スタイルのメリハリも利いている方で身長も高めだ。髪型はウェーブのかかったロングヘアで、左右に分けてある伸ばした前髪は、どちらか片方の目をしばしば覆い隠していた。

 「違う言うんやったら証拠見せぇやー」「見せぇやー」

 「そ、空ちゃんの無実は、あたしが知ってて……」蜜柑がおずおずとした口調で言った。「海ちゃんが落ちて来る時、あたし、一緒にいて……」

 「ほうかぁ。ほなちゃうんかなぁ」と妹のデージーが言う。

 「ちゃうんちゃうでデージー! 蜜柑はだいたい空の言いなりや! アリバイ工作の嘘を吐かされとる可能性がある!」姉のカトレアが言った。

 「お姉ちゃんが言うんならそうなんかな?」妹のデージーが首を傾げる。

 「せやでせやで! せやから今から尋問やー」「やー」「締め上げて白状させたるでー」「させたるでー」

 「やめなさい」パンダがやって来て双子を制した。「何キリンの探偵ごっこに感化されてるのよ? 誰が殺したかなんて私達の考えることじゃないわ。胸糞悪い」

 「あっパンダ」「パンダ」双子は声と表情を合わせてパンダの方を見た。

 「死体の前で遊んでないで、さっさと食堂に行ったらどうなの?」

 「分かったやでー」「やでー」

 年長で敷地のリーダー格のパンダに促され、二人は歩調を合わせてたったか食堂に向かって行った。

 厄介な双子が消えてわたしはほっとした。カトレアは葡萄のような陰湿ないじめっ子ではない代わりに、敷地に迷い込んた猫を追い回して蹴り殺すような残酷さがあり、年下からたまに物を取り上げたりもする。デージーは比べると少しはマシで一人の時に話しかけるとおっとりして感じることさえあるが、姉と一緒にいると追従して同じくらいの悪さをする。そして二人はルームメイトでもありたいてい一緒にいるので、とどのつまりどちらも厄介な人物だった。

 パンダに続いて食堂に行くと、最年少コンビの恒星と彗星が話をしていた。

 と言っても、教科書を読もうとする恒星に、彗星が一方的に話しかけている感じではあったが。

 「でねーっ。キリンさんがバナナくれるって言うんだよー」と彗星。

 「そうかい。まあ、ボクにはどうでも良いことだ」恒星はページを捲る。

 「何その教科書? それ十七歳用じゃない?」

 「そうだけど何か?」恒星は噛り付くようにして教科書を捲っている。「これは外の世界に繋がる数少ない手がかりなんだ。熟読し、少しでも内容を頭に入れなくては」

 「どうやってそんなの手に入れたの?」

 「キリンに頼んだらくれた」

 「借りたんじゃなくて?」

 「くれた。あの人はバカだから勉強なんてしないんだろ」

 「キリンさんはバカじゃないのじゃ。オセロが強いのじゃ。あとねあとねっ、五目並べも強いんだよーっ。神経衰弱も百発百中だし、ババ抜きは表情に全部出るからゴミだけど……」

 「君はキリンの話ばかりだな」恒星は教科書から顔をあげる。「どうせキリンは最年長で遠からずこの区域から出て行くんだ。執着するような相手じゃないと思うが」

 「キリンさんは素敵じゃよー? 恒星には分からないかな?」

 「どうでも良い。ボクは、この施設に住んでいる人間に興味はないんだ」

 恒星は彗星と同じ十二歳で彗星のルームメイトの女の子だった。そのキャラクターは『瓶底眼鏡のがり勉』で事足りた。背は彗星に次いで区域で二番目に低く、二つ結びの頭は真っ二つに分かれた旋毛が十人並の背丈のわたしからも良く見える。微かに吊り上がった気難しそうな眼をしていたが、小さな顔は丸っこく全体としては年齢相応にあどけない。

 「いつも思うけど、それ、分かるの?」わたしは十七歳用の教科書を捲る恒星に声を掛けた。実のところこいつとは少しだけウマが合い、蜜柑と海に次いで良く話しかける相手だった。「あたし自分の十三歳用のテキストも何書いてんのか分かんないのに、なんで十二歳のあんたが十七歳用が分かるっていうの?」

 「日々の努力さ。実のところ、他にすることもないからね。教科書を読み込んで配布される問題集を何周もしていると、自分用のテキストはすぐに物足りなくなる。そしたら学ぶべきは上級生用のテキストだ。この施設では勉強という行為のプライオリティはかなり低く見られているから、頼めば昔のテキストなんかは誰でもすぐに譲ってくれる。……現行のテキストをタダでくれたキリンは何事かと思うがね」

 実際のところこいつは成績が良く、テストでは満点を逃せばそれで悔しがるという具合だった。わたしの目の前で上級生用の問題集をすらすら解いて見せたこともある。がり勉なだけでなく、そもそものアタマも良いのだろう。

 「そんなの解いて何になるの?」とわたし。

 「外の世界のことが分かる」と恒星。

 「外の世界なんて本当にあると思う?」

 「そこから疑っているのかい? あるんじゃないか? だいたい確かめようのない社会科や歴史の授業はともかくとして、数学や理科なんかはこの施設の中でも十分に再現性のあるものだ。学ぶ価値はあるし、面白くもある」

 「いやーダルいだけ」

 「向上心を持ちたまえよ。このまま飼殺されているならそれでも良いが、何かの拍子に外に出られることもあるかもしれないじゃないか。そうなった時に無学なままでは、外の世界で生きる術を失ってしまうぞ?」

 偉そうな口調と態度。でも言っていることは微妙に正論臭い。感化されはしないけど、本人なりに信念持って勉強してるのは立派なんだろうとは思っていた。

 「おい空」

 その時、高圧的な声が頭上から降り注いだ。

 アルファだった。

 背が高く目付きが悪い。酷い三白眼で澄ましているだけで迫力がある。精悍というか粗暴な顔立ちで、碌に手入れされていない短くした髪をあちこち跳ねさせている様は、おとぎ話に出て来る悪役の狼のようだ。良く見れば顎の形がシャープで、美形と言える顔立ちではある。身体つきは良く引き締まっていて野生動物のようにしなやかだ。

 「来い」

 アルファは敷地で間違いなくトップであろう腕力でわたしの腕を掴みあげ、強引に食堂の外に引っ張っていく。蜜柑は「あたしも」と続こうとするが、アルファはそれを一睨みでビビりらせてしまう。

 「付いてくんな」

 震え上がった蜜柑に「いいよそこにいて」と一声かけてから、わたしはアルファに連れられて廊下を進んだ。

 「何なの?」

 「黙って来い」

 そう言われると黙って付いて来るしかない。アルファは十五歳でわたしの二つ上で、性格も物言いも乱暴で腕力もあり敷地では恐れられている存在なのだ。積極的に権威を持とうとしないだけで、その気になったらこいつが番長なのは間違いないだろう。

 アルファはわたしを海の死体の前まで連れて来ると、乱暴に顎をしゃくってこう指図した。

 「生き返らせろ」

 「出来る訳ない」

 アルファは何も言わずにわたしの肩にグーを見舞った。

 鋭い衝撃でわたしはその場で尻餅を着いた。手加減されてる気配のない強力な肩パン。息まで苦しくなるような痛みの中で、それでもわたしは辛うじてアルファのことを睨んだ。

 「何すんだ?」

 「生き返らせろ」ベータは強硬な態度だ。

 「大人の許可なく魔法使ったらわたし懲罰室送りなんだけど」

 「分かってる」

 「わたしの魔法一回使うごとに寿命を五年使うんだけど」

 「分かってる」

 「無理なんだけど」

 「生き返らせろ」

 「無理だって……」

 「あたしの言うことが聞けねぇのか!」

 アルファは足を振り上げてわたしを蹴り飛ばそうとする。その場を転がってどうにか顔や腹に貰うのを避けたがケツを蹴られた。いてぇ。

 わたしはそのままもぞもぞと這い起きてどうにか食堂へと走って逃げた。アルファは追いかけて来なかった。恐る恐る振り向くとわたしを静かに見送りながら首をひねってバキボキと関節を鳴らしていた。怖ぇ。運動の時間は無双状態のアルファのことだから、本気で追われたら一瞬で追い付かれるはずなのに、逃がしてくれるってことは今この場で要求を通す気はないってことか? 

 しかし困った。すごく困った。敷地で一番敵に回したくない奴が敵に回った。無口で乱暴者だけど情に厚く弱い者いじめはしない……みたいなのを気取ってる奴で、わたしや蜜柑のことも別に興味ないみたいに振舞ってるけど、まさかあんな無茶な要求をかまして来るとは。

 あんなことする程あいつ海のこと好きだったのか? いや違うか。アルファは敷地にいる奴は誰のことも仲間と思っていそうな単純な奴だ。その割に蜜柑の手助けとかはしてくれないが。あいつなりに海の命とわたしの寿命五年を天秤にかけて勝手な要求をして来たんだろう。

 「あ。空ちゃん」蜜柑が食堂でわたしを待ち受けた。「大丈夫だった」

 「うん。平気。大した話じゃなかったし」わたしは嘘を吐いた。

 「そっか良かったー」蜜柑は簡単にそれを信じる。「怖いよねーあの人。あたしちょっとちびっちゃったよ」

 「それマジ?」

 「……ごめんだけど拭いてパンツ変えて貰えると」

 わたしは蜜柑を連れて食堂のトイレに向かって行った。

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