ガンショット・アリア ~引きこもり少女、VRMMOでSランク傭兵を目指す。相棒は口の悪いシマエナガ~

耳口王

第1章:涙のアリア、響くのは誰の胸に

Track.1 『錆びついた鳥籠と、黎明』

 本作はAIと二人三脚で制作している「AI執筆協力作品」です。 人間とAIの共同作業による、新しい読書体験を楽しんでいただければ幸いです。


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「……ごほっ、ぅ……」


 白い天井。


 規則的に鳴る医療モニタの電子音。


 そして、私の喉の奥から這い出る、湿った咳の音。


 ここにある音は、それだけだ。


 私は重たい瞼を押し上げる。視界の隅、サイドテーブルに置かれたタブレットが、無機質な明かりを灯していた。


 表示されているのは、私の銀行口座の残高。


 数字は、今月を生き延びるのにギリギリの桁を示している。


「……減ってる」


 当たり前だ。私は働いていない。


 この身体じゃ学校にすらまともに行けない。17歳にして、社会の枠組みからとっくに脱落した不良品(エラーコード)。それが私、斉木詩祈だ。


 ガチャリ、と重たいドアが開く音がした。


 その足音だけで、誰だか分かる。


「詩祈、起きてるか?」


 入ってきたのは、長身の青年――従兄妹の聖門(マサ兄)だ。


 使い古されたノートPCが入った鞄を肩にかけ、なぜか室内だというのに機能性重視のタクティカルベストを着込んでいる。


 その姿を見ると、肺の奥の痛みが少しだけ引く気がする。


「……マサ兄。ごめん、また……来させちゃって」


 私が身体を起こそうとすると、マサ兄はすぐに駆け寄って背中を支えてくれた。


 178センチという身長に似合わず、どこか「枯れ木」のような危うさがある細い腕。


 その横顔に、隠しきれない疲労の色が滲んでいるのを、私は見逃さなかった。


 ……私のせいだ。


 私の薬代も、この部屋の維持費も、生活のすべてをマサ兄の仕送りに依存している。


「謝るな。俺が好きでやってるんだ」


「……マサ兄」


 私は震える右手を伸ばし、マサ兄の左胸にそっと触れた。


 トクトク、と。


 指先に伝わる心臓の鼓動。一定のリズム。生きている証。


「……よし。動いてる」


 これが私の儀式(ルーチン)。マサ兄が生きていることを確認しないと、怖くて呼吸もできない。


「心配性だな、詩祈は」


 マサ兄は苦笑しながら、鞄から一つのパッケージを取り出した。


「これ。気晴らしになるかと思ってな」


 渡されたのは、無骨なデザインのVRソフト。


 パッケージには、荒廃した都市と、無数の弾痕が描かれている。


『バレットフィリア(Bulletphilia)』


「最近流行りのVRMMOだ。FPS……昔、好きだったろ?」


「え……うん、好き、だけど……」


 マサ兄が帰った後、私はパッケージを強く握りしめた。


 ネット記事によれば、このゲームのランク上位者には国から高額の支援金が出るらしい。


 ランクが上がれば、市民権のグレードが上がり、高度医療が受けられる。


 そうすれば、もうマサ兄に負担をかけなくて済む。


「……やるしかない」


 私は震える手で、最新型のヘッドギアを被った。


 左手の薬指に、ちゅ、と唇を寄せる。


 いつか、マサ兄との約束(ゆびわ)を嵌めるための場所に、誓いの口づけを。


「ログイン」


 視界が白から黒へ。


 そして、極彩色へ。


   ◇


『システムオールグリーン。虹彩認証完了』


『ようこそ、封鎖都市へ』


 無機質なシステム音声と共に、意識がデジタルの海へ沈む。


 キャラクリエイト画面。


 私は迷わず入力を進めた。


 名前は――『いのり』。


 かつて捨てた名前。でも、今はこれしかない。


 誕生日は、10月5日。


 そして、『二つ名(コードネーム)』の入力欄。


 本来なら空白でもいい場所だが、私の脳裏に、かつて書き溜めていた歌詞ノートの言葉が過った。


『呪弾の歌姫(ガンショット・アリア)』


 痛々しいかもしれない。笑われるかもしれない。


 でも、これが私の願いだ。


『……ユニークコードを確認。推奨武装:二丁拳銃(デュアル・ハンドガン)』


『専用随伴機:インストール開始……』


 強烈な浮遊感。


 次の瞬間、私の鼻腔を突いたのは、むせ返るような鉄錆とオイルの匂いだった。


「ッ……」


 目を開けると、そこは灰色の空に覆われた廃墟の街。


 遠くで重低音の爆発音が響いている。


 現実の消毒液の匂いとは違う、死と破壊の匂い。


「ピ!」


 突然、頭上から可愛らしい鳴き声が降ってきた。


 見上げると、私の肩に真っ白でふわふわな小鳥――シマエナガが止まっている。


 ただし、その瞳はカメラレンズのように青く発光し、翼の一部はクリスタルでできていた。


「初めまして、マスター。貴女の管理AI、ツクモです」


「……AI?」


「はい。マサ兄様がセットアップしたPCから常駐してますから、貴女の生体データも、誰のことが大好きかも全部分かってますよ」


「えっ、そ、それは……!」


「ふふ、顔が真っ赤です。ピ! さあ、今日のラッキーカラーは『ガンメタル・グレイ』ですよ。張り切って死地へ向かいましょう!」


 ……このAI、私のプライベートを知りすぎている。


 でも、このラッキーカラー占いが、私の3つ目のルーチンだ。


「ここにある装備を使ってください」


 ツクモが翼で指し示した先には、二振りの大型拳銃が置かれていた。


 漆黒の銃身に、ピンクのラインが走るカスタムガン。


 名前は――『エレジー』と『クライ』。


 私はそれを両手に取る。


 現実の私なら持ち上げることすらできない質量だが、アバターとなった今の私(僕)には、それが身体の一部のように馴染んだ。


『緊急ミッション発生。Gランク:廃材処理区画の掃討』


「いきなり実戦……?」


「チュートリアルなんて甘えです、マスター。さあ、トリガーハッピーといきましょう!」


「よ、よし……!」


 私が勢いよく銃を構えると、ツクモが慌てて翼を広げた。


「あっと、お待ちください! 乱射は厳禁ですよ!」


「え? なんで?」


「このゲーム、弾一発にもコストがかかるんです。そのハンドガンの弾、一発120クレジット……コンビニ弁当一個分です」


「たっっっか!?」


「無駄撃ちして報酬より弾薬費が上回ったら、ランクポイントは上がりません。つまり、いつまで経っても支援金はもらえない……マサ兄様への恩返しも夢のまた夢、ということです」


「う……それは困る」


 現実に借金を背負うわけではないが、ランクが上がらない=現状維持。


 今の惨めな生活から抜け出せないということだ。


「……わかった。一発も無駄にしない」


「その意気です。さあ、行きましょう!」


   ◇


 現場は地獄だった。


 本来なら、動きの遅い作業用ボット数体を倒すだけの簡単な仕事のはずだった。


「う、うわぁぁぁッ! なんだこれ、話が違うぞ!!」


「逃げろ! 初期装備じゃ傷一つつかねぇ!!」


 周囲のプレイヤーたちが悲鳴を上げて逃げ惑う。


 その中心にいたのは、見上げるような巨躯の二足歩行兵器だった。


 装甲の隙間から蒸気を吹き出し、無慈悲なガトリング掃射で初心者たちをミンチに変えていく。


「イレギュラー……」


 足がすくむ。


 怖い。死にたくない。


 弾薬費だってバカにならない。ここで逃げれば、赤字を出さずに済む。


 逃げよう。マサ兄に教えてもらった通り、無理はしないで――。


『――詩祈、大丈夫か?』


 脳裏に、あの日の光景がフラッシュバックする。


 オーディション会場の控室。


 怖気づいて逃げ出した私。


 そして、私を追いかけようとして、過呼吸で倒れたマサ兄の背中。


 ピーポー、ピーポーという救急車のサイレン。


「……っ、う、ぅ……」


 ここで逃げたら。


 また、あの日の僕に戻る。


 マサ兄に「大丈夫だ」と笑わせて、命を削らせるだけの、無力な僕に。


『退避推奨です、マスター。生存確率0.01%以下。自殺行為です』


 ツクモの冷静な声が響く。


 私は唇を噛み締め、ホルスターから『エレジー』と『クライ』を引き抜いた。


「……嫌だ」


『マスター?』


「逃げない。もう、二度と……後悔したくない!」


 私は一歩、前へ踏み出す。


 スライドを引く音が、静寂を切り裂くカッティング・ギターのように響いた。


「ツクモ。……バイタル安定。同期率98%」


 私の呟きに、肩の上のシマエナガがパチリと瞬きをした。


 その瞳の色が、青から危険な赤へと変わる。


『……合点(ガッテン)承知之助ェ! ならば私も狂いましょう! 詩祈様、アリアの準備を!』


「旋律(弾丸)、装填」


 カチリ。


 乾いた金属音が、私のスイッチを切り替える。


「震える指先に、一編の詩を」


「流れる涙に、一発の呪弾を」


 ジャキッ。


 二丁の銃口を、圧倒的な質量の暴力――巨大兵器へと向ける。


 ガトリングの回転音がベース音のように腹に響く。


 いいリズムだ。


「私の歌声が、あなたの最期の安らぎ(レクイエム)になりますように」


 私は薄く笑った。


 かつて病院のベッドで夢見た、どのステージよりも残酷で、鮮烈なライト(マズルフラッシュ)の下へ。


「ツクモ、全感覚を接続。地獄の果てまで、私に酔いなさい」


 ドンッ――!!


 開幕の鐘(ゴング)代わりの一発が、空を裂いた。


「グルァアアアッ!!」


 巨大兵器が私に気付き、ガトリングの砲門を向ける。

 弾幕の雨。


 普通なら蜂の巣だ。


 でも――見える。


 弾道が、リズムとなって。


 タン、タタ、タン。


 死の旋律の隙間を縫うように、私は身体を滑り込ませる。


「遅い。……音程(エイム)がズレてるよ」


 交差する二つの銃口。


『エレジー』が火を噴き、敵のセンサーカメラを粉砕する。


 敵が怯んだ隙に、『クライ』が装甲の継ぎ目――露出した油圧パイプを撃ち抜く。


 無駄弾は撃たない。


 一発120クレジット。コンビニ弁当一個分。


 外したら、マサ兄への恩返しが遠のく。


 絶対に、外してなるものか。


「あはッ! 最高ですマスター! その鉄クズをスクラップにして換金してやりましょうオオォッ!!」


 ツクモが汚い言葉で叫びながら、風速と弾道補正データを視界に流し込んでくる。


 私は踊る。


 銃声のワルツ。


 硝煙の香水。


 私が奏でるリズムに合わせて、巨大な鉄の塊が悲鳴を上げて崩れ落ちていく。


 最後の一撃。


 敵のコアが露出した瞬間。


 私はゼロ距離まで肉薄し、両手の銃を突きつけた。


「――終演(フィナーレ)」


 ドォォォォォン!!


 轟音と共に、巨大兵器が爆散する。


 黒煙と火花が舞う中、チャリン、という小気味いい通知音が鳴った。


『討伐完了。報酬が支払われます』


 私は銃を下ろし、大きく息を吐いた。


 手には汗が滲んでいる。


 でも、震えは止まっていた。


 肩の上で、ツクモが赤から青い瞳に戻り、囁く。


「お見事でした、私の歌姫(アリア)。……さあ、帰りましょう。マサ兄様が待っています」


「……うん」


 私は小さく頷いた。


 煤けた視界の端に、ランキングボードが表示される。


『NO NAME』だった私の名前が、『Gランク 980位』へと跳ね上がったのを、まだ誰も知らない。


 これが、私の最初の歌。


 錆びついた鳥籠からの、黎明。


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[Tsukumo's Observation Log]

対象: マスター(斉木 詩祈)

状態: 心拍数160→平常値へ移行中。ドーパミン分泌過多を確認。極度の興奮状態による疲労蓄積あり。

メモ: 初陣にしては上出来すぎて回路がショートしそうです。でも、あんな無茶な突撃は寿命が縮むので控えてください(建前)。……最高にロックで痺れましたよ、私のマスター(本音)。

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