第2話 月とウサギ

 翌日。ファルとパピィの二人は森に足を踏み入れていた。


「冒険者にさせるという約束は果たしたからな」


 先頭をズカズカと進むファルの後ろをパピィがぴょんぴょん跳びながらついてきている。


「感謝しているぞ、少年」

 パピィの足取りは軽やかだった。


「……どうして冒険者になりたかったんだ?」


「世界を見てみたくなったからだ! 私は魔物だ。その点、冒険者なら都合がいい」


「今の私の気分は最高だ!」


「俺は最悪だ」


 昨日、ファルは落とし穴に引っかかった。落とし穴に落ちた時にできた傷がこの包帯で、そんな時に出会ったのが、パピィだった。

 穴から救い出す代わりにパピィは冒険者にして欲しいとお願いしてきたのだ。

 

 それだけの関係のはずだったのに……。

 

 ファルは突然、立ち止まる。

 

「どうしてこんなことになってしまったんだぁ!!」

 ファルは大声で叫んだ。

 その声に驚いた鳥たちが飛んでいく。

 

 一回限りの関係にとどまらず、呪いのような契約まで結んでしまったことにファルは嘆いた。


「私と出会えたのは運命だ。運命は変わらない。叫んでも変わらない」


「それなら叫び得だ……全く」


 森を奥へ奥へと進むと、だだっ広い草原に辿り着く。その草原の中心には、さも意味ありげな小高い丘があった。


「本当にあんなところに咲いてるんだろうな? 『月光花』」

 パピィによると、あの丘に『月光花』が生えているらしい。

 

「『月光花』は我が種族の好物だ。好物がどこに生えているかぐらい、この鼻で分かる」

 パピィは鼻をひくつかせた。

 

 ファルが昨日、無茶をしてまで森に入った理由。それは連日残業続きのアンネに何か少し安らぎを与えたいという願いからで、『月光花』の香りに安らぎを与える効果があった。まさにぴったりな贈り物だ。

 幼馴染に好かれたい気持ちも少しだけ、ちょっぴりだけある。ちょっぴりだ。


 突然、ガサガサと茂みが揺れた。


 現れたのは、茶色い毛並みをした魔物『フォレストウルフ』。

 ファルなんかでは到底、敵いっこない相手である。


「まずい」


「安心したまえ、少年。この私がいる」

 パピィは勇敢にもファルの前に立つ。


 ファルはそんなパピィを心強く感じた。


「グルルルルルル」


 パピィとフォレストウルフが見合う。

 その達人のような間合いに緊張感が走る。


「よし、少年。森へ逃げるぞ」

 突然パピィはフォレストウルフに背中を向けると、森の中へ逃げ出した。


「はぁ?」


「グアアッ!!!」


「俺はまだ死にたくないんだぁ!!」


 パピィに見捨てられ、フォレストウルフに追われたファルは、必死にパピィの後を追った。


 フォレストウルフの爪が迫る。

 右に左に必死に逃げていると、遠くで仁王立ちするパピィを見つけた。


「こっちだ少年! ここまで跳ぶのだ!」


 ファルは一か八か、パピィを信じて、大きくジャンプした。

 

 ◆◇◆◇


「グルルルルルル」


 二人の眼下には、落とし穴に嵌ったフォレストウルフの姿があった。


「どうだ、少年! この私の穴掘り技術は」

 パピィは胸を張っているが、その足はガクガクである。


 ファルは、さっき突然逃げ出したパピィのことを睨んでいた。逃げるなら先に言って欲しかったのである。

 

 それでも感謝はしている。

 パピィの力のおかげで助かった。

 

「助けてくれてありがとうな」


「もちろんだとも! 私は紳士だ。いくらでも助けてみせよう!」


 あいも変わらずこの変なウサギには振り回されっぱなしなファルであったが、不思議と居心地は悪くなかった。


 見事な落とし穴だと、地面深く掘られた四角い穴を見てファルは感心する。


「落とし穴を掘るのはラビィの特性か?」


「ただのラビィには掘ることはできまい。私だから掘れるのだ」


「パピィって凄いんだな」


「そうだぞ、私は凄い」

 パピィは胸を張った。


 これだけ深い落とし穴に落ちたら自力では抜け出さない。昨日、身をもって知ったファルには痛いほど分かった。


 ファルはあることに気づく。


 (ん?待てよ。じゃあ昨日の落とし穴ってもしかして……)


「なぁパピィ。一つ聞いてもいいか?」


「友の質問だ! いくらでも答えよう!」


「昨日、俺が嵌ったあの見事な落とし穴も、もしかしてパピィが作ったのか?」


「そうだとも! この私が……いや……」

 パピィは話している途中で、自分の犯した罪に気がついた。


「へー」

 ファルはパピィに詰め寄る。


「昨日はすまなかった! 出来心だったんだ」

 パピィはシルクハットを取り、軽く頭を下げると、逃げ出した。


「待て! このヘンテコうさぎ!」


 ◆◇◆◇


 パピィを追いかけているうちに、ファルはあの丘へとたどり着いた。


「ハァ……ハァ……流石はラビィ。速すぎる」

 肩で息を切らすファルの目の前には、飄々と丘の上で寝転ぶパピィの姿があった。


「やっと来たか、少年。待ちくたびれたぞ」

 先ほどの全ての出来事を忘れてしまったかのように悪びれもなく話し出したパピィに、ファルは呆れてものが言えなかった。


「少年! これが『月光花』だ」


 パピィは一輪の花をファルに差し出した。


「これが……」


 ◆◇◆◇


「はぁ……。ファルが来ないと、昨日の報告書が書けない」

 ギルドの受付カウンターで、私はこめかみを押さえていた。目の前には、相変わらず「ファル関連」の書類が山を築いている。


 バタン!


 入り口の扉が勢いよく開くと、待ち望んでいた人物達が駆け込んできた。


「やっと来ましたね」

 

「アンネ! これ!」

 駆け寄ってきたファルが、差し出したのは一輪の透き通るほど透明な花だった。

 ファルの背後ではパピィが誇らしげに胸を張っている。

 

「これは……月光花? どうして……」

 

「アンネが最近ずっと忙しそうだったから。その、少しは休んでほしくて……。この花の香りは疲れをとるらしいんだ。あげるよ! プレゼントだ」

 ファルは顔を背けながら、ぶっきらぼうに言った。

 その頬には新しい傷がある。

 

 ……私のために。

 

 胸にじわじわと温かいものが広がっていく。

 幼馴染の不器用な優しさと、自分のために怪我をしてまで、この花を探してきてくれた……。

 

「ありがとう、ファル。すごく綺麗ね……」

 私は思わず花を抱きしめた。

 

 日々の激務、終わらない書類、上司からの小言。

 

 そんな疲れが、一瞬で吹き飛んでいくような――

 

 ……ん?終わらない、書類?

 

 私はふと机の上の書類の山に視線を移す。

 

『事案:ファルによる街路樹破壊の損害賠償について』

『報告:ファルが捕獲しようとした魔物が市場で大暴走』

『未決:ファルが連れてきた喋るウサギに関する申請書』

 思考が急速に冷却されていく。

 

 私がどうして働き詰めなのか。

 

 どうして毎日、深夜までペンを走らせているのか。

 

 どうしてこんなに、胃がキリキリと痛むのか。

 

 ――もう騙されないわ。

 

 スゥ……。

 

 高揚していた気持ちが消えていく。

 

「いやぁ、私。ラビィでありながら実に感動した! 少年、任務完了だ。早速、祝杯をあげに――」

 パピィはどこからか取り出したハンカチで涙を拭うと、ファルの腕を掴んで立ち去ろうとする。

 

 パピィと一緒に満足げに立ち去ろうとしたファルの腕を、私はガッシリと掴んだ。

 

「……アンネ?」

 ファルが振り返る。

 

「ファル。花をありがとうね。とっても嬉しかった。でも……それはそれとして」

 

 私は空いた方の手で、昨日から書きかけだった「報告書」をドン! とカウンターに叩きつけた。

 

「何も話さずにいつと逃げるのだから、今回からは書いてもらうことにします。まずは昨日、森に入った動機から。それからパピィをどうやって手懐けたのかの経緯。一文字も漏らさず、詳細に。……いいね?」

 

「あ、いや、それはパピィが喋りすぎるから……」

 

「言い訳は不要。今日は逃さない。それにパピィ! あなたもです!」


『事案:ラビィによって逃されたウサギ小屋のウサギについて』

 

 昨日の今日でこれはあり得ない。喋るウサギを信用した私が馬鹿だった。

 これだと、ファルが二人に増えただけね。

 

 ファルとパピィは、そのあまりの剣幕に震えながらペンを握るのだった。

 

「少年……。女心とは、複雑なのだな……」

 

「黙って書いてください。冒険者なら当然のことです」


 ファルのペンが止まる。


「仕方ない。その欄は私が書こう。昨日の出来事への謝罪を込めて」

 パピィはファルから報告書を取り上げると、勝手に書き出した。


「ちょっと! パピィ!」

 

 ファルはその報告書をパピィから取り返す。


「消えないじゃんか」

 ファルはパピィが勝手に書いたものを服で擦って消そうと試みる。


「紳士たるもの。報告書はしっかりと記入しなかればならない」


「口ではなく手を動かしてくださいね」


 

 夜。

 アンネの「書き直し!」の声がギルドに響き渡った。


 【冒険者ギルド・業務報告書】

 作成者: 受付嬢アンネ

 対象者: 駆け出し冒険者・ファル


 報告内容:対象者による未確認の魔物(喋るラビィ種)の連行。


 動機:大好きな幼馴染にプレゼントをあげるためである。

 それと私、アレキサンダー・ルシファル・アーサー・シュナイデル・マッケンド


 処置:ギルド規定第百六十五条三項に基づき、当該魔物を「使い魔」として契約魔法を締結。これにより今後、森への立ち入りを許可とする。

 

 備考:使い魔(自称パピィ)は極めて饒舌であり、業務に支障をきたす恐れあり。

 

 


 

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報告書を書いてください〜受付嬢は、幼馴染が連れてきた『喋るウサギ』を使い魔として受理する〜 アジカンナイト @ajikan-naito

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