報告書を書いてください〜受付嬢は、幼馴染が連れてきた『喋るウサギ』を使い魔として受理する〜
アジカンナイト
第1話 ギルド嬢の憂鬱
「はぁ……」
ギルド受付嬢のアンネは、小さくため息を吐いた。体中を包帯でぐるぐる巻きにしている少年がトボトボと歩いてきたからである。
少年の名はファル。
私の幼馴染であった。
「私、言いましたよね。森へは行くなって」
私は何度もファルに忠告した。ファルはまだ剣もまともに振るうことができない駆け出しの冒険者。
そんな冒険者が、魔物の出る森に行ったら死ぬか大怪我を負うかの二択。
案の定、彼は怪我をして帰ってきた。
死んでいないから安心したものの、だからといって許す気はない。
ファルはカウンターに座る。その顔はどこか納得がいっていない様子だった。
「どうして森に入ったのですか?」
ファルは目を合わしてくれない。
「あのね、ファル。幼馴染として言うけど、私は無茶してほしくないの。分かって」
いくら幼馴染だからと言っても、仕事中である。口調を崩して堂々と話すことはできない。
だから小さい声でファルに話しかけた。
いい加減、話を聞いて欲しいと念を込めて。
「あのウサギは絶対に変だ」
相変わらず目は合わせてくれないけど、ファルはやっと口を開いてくれた。
でも私が求めていた答えではなかった。
あの森にはウサギの魔物が出る。
多分そのウサギのことを言っているのだとぉう。
でもね、ファル。私が聞きたいのは森に入った理由で、ウサギの話ではないの。
「あの森に出るウサギは魔物です。変なのは当たり前です」
ウサギの魔物――ラビィは二足歩行の白いウサギ。知能が高く、人を揶揄うことが趣味の魔物である。
攻撃性は高くないから、遭遇しても死ぬことにはないけれど、ちょっかいの出され方次第では怪我をしてしまう。
ベテラン冒険者でも油断していると足を掬われる、そんな厄介な魔物。
見た目は可愛いんだけどね。
「あのウサギが魔物ってことぐらいは知ってるさ。だけどさ、喋ったんだよ、あいつ。ありえるか?」
ファルは私の顔を見る。
正面から見たファルの顔はこれまた見事なまでに腫れていた。
「喋るわけないでしょう」
「いいや、喋った」
ファルは譲らない。
「ファル。突飛な話で誤魔化そうとしたって無駄よ。私は、あなたよりも魔物について、薬草について、法律について勉強してギルド職員になったの。ウサギは喋らない。だから早く、森に入った理由を教えなさい」
「だったら証拠を見せてやる」
ファルは突然席を立つと、ギルドの外へ出ていった。
ファルの相手をするだけで疲れる。
書類だってまだこんなに残っているのに……
横には山積みになった書類が置いてあった。内容は、ファルについての報告書に、近所にできた新しいダンジョンについてなどなど。
これを全て片付けなければならない。
はぁ……気が遠くなる。
入り口の方が何やら騒がしくなり、外のざわめきがギルド内にまで聞こえてきた。
バタン!
両開きの扉を開けて入ってきたのは、ファルと黒いシルクハットを被った、黒いスーツを着た白いウサギだった。ウサギの身長は100センチぐらいで、ファルの腰あたりに顔がある。
確かに変だ。
「やぁ少年。遅かったじゃないか。待ちくたびれてしまったぞ」
ウサギはファルの太ももを叩いた。
「お前のことをどう説明すればいいんだよ。勝手についてきやがって」
「ほほう、あそこのお嬢さんが私に取られてしまうと危惧しておるのだな。大丈夫だ、安心したまえ。私は紳士だ。そして今は発情期ではない!」
「もう……何なんだよこいつは」
饒舌に喋る白いウサギとファルの口論に頭が痛くなってくる。
「ほら連れてきたぞ」
ウサギとファルは席についた。
「そこのお嬢さん、何か小さな箱はないだろうか。机が見えなくて困っているんだ」
低身長故に座高が足りず、カウンターにシルクハットだけが伸びている。
私は近くにあったエールの木箱を逆さにしてファルに渡す。ウサギは器用にその木箱を椅子の上に置くと土台にして、座高を上げた。
「いやぁ近頃のカウンターは高いのだな。ははは」
ウサギは帽子を脱ぐとカウンターの上に置いた。
「認める。ファルの言うとおり、このウサギは変ね」
「私の名前はウサギじゃない。私の名前はアレクサンダー・ルシファル・アーサー・シュナイデル・マッケンドウドウ・パピィだ」
「こいつの名前はパピィ」
「そうだパピィだ」
何だか息があっているようで……
どうしてそんなに名前が長いのですか?などと聞いてしまったら更にめんどくさくなりそう。
「私はアンネ。ファルの幼馴染で、ギルドの受付嬢をしています」
「大丈夫だ。知っている、コイツから聞いた」
どういうこと?
私は目を細めてファルを見る。
するとファルは慌てるようにパピィの口を塞いだ。
「な、何をする少年」
ファルに手で口を押さえつけられたパピィがバタバタと小さな体を揺らす。
「余計なことは話さないって約束しただろ!?」
「すまない少年。出来心だ」
ファルはパピィの口から手を離した。
この二人と話しているだけで、体力が持っていかれてしまう。
報告書にまとめるために早く森に行った理由を聞かないと……
「あのファ――
私の言葉はパピィに遮られてまう。
どこが紳士?
「私はお嬢さんに頼みたいことがあってここに来た!」
パピィは興奮気味に鼻息を鳴らしながら、カウンターに身を乗り出した。
「……はい。なんでしょうか」
「私を冒険者にして欲しい」
「はい?」
魔物が喋るだけでも理解できないのに、魔物が冒険者になりにきたってどういうこと?
「ここに来れば冒険者になれると、この少年が言っていたのだ」
パピィはファルの方を向く。
「そうだよ。嘘じゃない」
ファルは助けを求めるように私の方を向いた。
「魔物が冒険者になるなんて前例がない」
「前例がないなんて私にピッタリじゃないか」
「違う。前例がないから、冒険者になれるかどうか分かりませんってこと」
「なぜだ。なぜ私はなれない。どういうことだ少年、話が違うぞ」
パピィはまたファルの方を向く。
「頼む、この通り! どうにかしてほしい」
ファルは両手をパンと合わせて懇願する。
あの意地っ張りなファルがパピィに押されているのは、多分何か逆らえない理由でもあるんじゃないかな。
借りがあるとか。
仕方ない……
「分かりました。探してみます」
私はカウンターの下にある棚から、分厚い本を取り出す。これにはギルドのルールの全てが書かれている。
「申し訳ないけど、気が散るから向こうの席で待っていてください」
カウンターから全身を乗り出して、本を覗き込んでくるパピィと目が合った。
「これは失敬。私は脚力が凄くてね。立ち上がった勢いで、つい身を乗り出しすぎてしまった」
「ここはカウンターです。降りてください」
パピィはファルに首根っこを掴まれると、そのまま近くのテーブルに連れて行かれた。
なんだか今日だけで一年分のため息を吐いた気がする。
私は本に視線を戻すと、ページをめくって探し始めた。
いくら探しても、やっぱり魔物が冒険者になれるルールなど存在しない。
だけど、抜け道は見つけた。
ファルは気に入らないかもだけど仕方ないね。
ファル一人だと危険だから。
二人を呼び戻す。
「見つかったのか?」
ファルは尋ねる。
「抜け道なら」
私は該当のページを開くと、二人が読めるように本の向きを逆さに変えた。
「なになに……使い魔が……使い魔?」
「何だね。使い魔とは」
「使い魔とは、冒険者と行動する魔物のことです」
一言で言うとペット。
「素晴らしいじゃないか!」
「ファルとパピィには契約魔法を交わしてもらいます。それしか方法はありません」
魔物が唯一、冒険者と一緒に活動できる方法は冒険者の使い魔になること。
「俺がこのへんてこりんなウサギと契約を結ぶのか!?」
「だから私はウサギではない。私の名はアレク――
「はいはい。もう一度言いますよ。よく聞いてくださいね。使い魔になる以外に、魔物が冒険者活動をすることはできません」
「でも契約ったって……」
私はファルに耳打ちする。
「よく聞いて。駆け出しの冒険者が森に一人で入ることはギルドでは許されていない。今回、あなたが一人で森に入ったことが上にバレたら、あなたの冒険者資格がどうなるかなんて、私には分からない。だ・け・ど……もし、あなたが使い魔を手に入れることができたら、森に入ることはギルドのルールで許可されている。分かった?」
「……分かったよ」
ファルは渋々ながらも理解を示した。
「ではこれからもよろしく頼むぞ、少年。私たちは同志だ」
冒険者活動が出来ると知ってから、隣のパピィはずっとご機嫌だ。
いや、訂正。
ギルドに来てからずっとご機嫌だったかも。
「では契約魔法を結びますから」
私は倉庫から、ホコリ被った水晶玉をカウンターに持ってくる。本によれば水晶玉を使うみたい。
契約魔法なんて初めてだけど、ギルドのルール本の方法に従ってやってみるしかない。
「二人ともこの水晶玉に手をかざしてください」
「こうか?」
二人が水晶玉に手をかざすと、ぼんやりと水晶玉が光り輝き始め、そして、二人の右腕に青い魔法陣が描かれ始めた。
「こんな魔法は初めてだ」
「腕に文字が!」
やがて水晶玉の光が消えると、二人の腕に描かれていた魔法陣もスゥと肌に消えていった。
本によると、これで契約は完了。
「はい。これで契約は完了しました」
「なんと! では私は今、冒険者なのか」
「ええ、まぁ」
厳密には冒険者活動を手伝う使い魔だけど……。
「私の大いなる人生が今、動き始めた!」
パピィは突然、椅子から立ち上がると両手を広げて叫びはじめた。
勘弁して欲しい。
歓喜の舞を踊るウサギの隣に座るファルは、ブスッと不貞腐れた顔をしていた。
不貞腐れたって解決しないよ。面倒ごとを増やしているのはあなたなのだから。
「それでは、ファル。森に入った理由を聞かせてもらいましょうか」
私は、ファルのことについて書かれた報告書の束をドサっとカウンターに置いた。
ファルが森に入ったのは今回が初めてだけど、これまでもこのファルは色々やってきた。
筋金入りのトラブルメーカーである。
おかげさまでこの報告書の量だ。
その上、ファルの報告書を書く仕事は、幼馴染だからという理不尽な理由で、私に押し付けられる。
私の仕事が増えるだけだからファルには勘弁してもらいたい。
いくら待ってもファルは私の質問に答えない。
「なんだ、少年話さないのか?それなら私が答えよう。実はこの少年、大好きな幼馴――
「フゴッ! フゴッ」
「待て待て待て待て待て」
顔を真っ赤にしたファルは、慌ててパピィの口を押さえると、そのまま抱き抱えて、ギルドの外へ走って出ていった。
「ちょっと! ファル!」
もうどう報告すればいいのよ……全く。
【冒険者ギルド・報告書】
作成者: 受付嬢アンネ
対象者: 駆け出し冒険者・ファル
報告内容:対象者による未確認の魔物(喋るラビィ種)の連行。
動機:
処置:ギルド規定第百六十五条三項に基づき、当該魔物を「使い魔」として契約魔法を締結。これにより今後、森への立ち入りを許可とする。
備考:使い魔(自称パピィ)は極めて饒舌であり、業務に支障をきたす恐れあり。
追記:ファル。明日ギルドに来たら、必ずこの空白の「動機欄」を埋めてもらいますからね。あと、あのウサギに何を吹き込んだのかも、きっちり白状してください。
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