第5話 やり直しのタルト

あの後、朝陽を置いてオレは円堂と廃墟を出た。

今は円堂が運転する車に乗っていた。

助手席から外を見ていると赤信号で車が止まる。目の前には朝陽と出会ったカフェがあった。


「暖はさ、やりたいことある?」


「……誕生日」


オレの口から勝手に出てきた。


「いいよ、やろっか」


「苺が沢山乗ったタルトにシャンパンも用意して欲しい……です」


オレは窓の外を見たまま伝える。


「うん、用意するよ。敬語…いらないよ」


窓越しに見る円堂は変わらず穏やかに笑っていた。




円堂の部屋は朝陽のアパートより広かった。

テーブルの上に置かれたチョコプレートのない苺タルトとシャンパン。


「歌って欲しい?」


「うん」


円堂は恥ずかしがることなくバースデーソングを歌う。

嬉しくなかった。


「暖、おめでとう」


フォークに刺さった苺を口元に当てられる。それをオレは食べる。

ボロボロと涙が出てきてしまう。誕生日をやり直したのに、何も嬉しくなくて、むしろ虚しさが勝ってしまった。


「可哀想に、辛かったね。苦しかったね」


円堂がオレを抱きしめる。


「思ってもないくせに」


「ひどいな、本当に思ってるよ」


円堂は優しくオレの頭を撫でる。

心地よかった。


「ただ、そろそろ僕を見て欲しいかな。このゲームのプレイヤーは僕と君だよ。葉山はゲームオーバーになったんだから」


「分かってる。お前を惚れさせればいいんだろ」


「そうだよ。頑張ってね。だーん」


ぞくり、と背筋に冷たいものが走る感覚があった。


「円堂さんってたまに怖いよな」


「えー、そうかな?」


頬杖をついてオレを見てくる。

フォークに苺を刺した。


「ほら、食べろよ、あんたも」


「……え」


人には食べさせるくせに、食べさせられることは慣れていないらしい。

顔が動揺で貼り付けた微笑みが固まっている。


「ほら、あーんだって。口開けろよ」


ぐい、と苺を口に押し付ければゆっくり口が開いた。苺が円堂の口の中に消えていく。


「…君たち、こんなことしてたの?」


「なんだよ、恥ずかしかったのかよ。円堂さんってちょっと面白いかも」


何考えているか分からないが、仕掛けて来るくせに仕掛けられることには慣れていない。

中身はオレと同じ普通なんだ、と分かると可笑しかった。


オレは苺を自分の口に入れる。甘酸っぱくて美味しい。朝陽と食べるはずだった苺もこんな味だったのだろうか。

フォークを握りしめ、思いっきりタルトに刺す。


「わっ、怖いんだけど」


「オレ、ケーキ大好きなんだよね」


「うん」


「もうさ、すごく食べたいんだよね」


「そうなんだね」


オレは大きな口を開けてかぶりついた。円堂が驚く顔をする。


「うまーー!」


口の中でカスタードや少ししんなりした生地が混ざり合った味がした。俺の頭の中のようだった。


「ぷっ……暖って…ふふっ」


ふるふると肩を震わせてた円堂は、本当に楽しそうに笑っていた。


「あんたさ、そっちの方がいいよ」


オレはタルトに再びかぶりつく。


「上辺だけ笑ってるより全然いい」


円堂がオレを見て困ったように笑った。


「やっぱ花には抗えないのかな」


「何それ」


「なんでもないよ。……僕もタルト食べたいんだけど。全部食べないでよ」


やり直しの誕生日は、嬉しくなかった。けれど、円堂との時間は楽しかった。

朝陽のことで傷ついたオレの心は、円堂によって掬い上げられた気がした。




家に帰宅したのは夕方だった。


「また連絡するね」


「わかった」


家の前まで車で送って貰った。玄関を開けると高校の制服を着た妹がいた。怒っているようだった。


「紬、なんだよ」


母さんに似た顔でオレを睨む。


「新しい彼氏、いつ作ったの?」


「違うよ、あれは先輩」


「お兄ちゃんサイテー」


吐き捨てるように去って行く。紬には朝陽のことを紹介したことがあった。紬は朝陽にすごく懐いていた。


「おい、なんでだよ。友達だって言ってんだろ」


靴を脱いで紬を追いかける。

階段を登ると紬がこっちを見ていた。


「手、握ってたじゃん!朝陽さんが見たら傷つくよ!」


紬は部屋に入って行く。オレは拳を握る。


「しょうがないじゃん」


オレは部屋に入る。

と同時に壁に押し付けられていた。

風に靡くカーテンが目の端に入る。


「円堂と何してた」


頭上から聞きなれた声がする。オレは見なかった。


「関係ないだろ」


胸ぐらを掴む力が強くなる。


「……誕生日」


「なに」


「誕生日してもらった。苺タルト食べて、シャンパン飲んだ。あーん、もした。そしたらあいつ、びっくりしてかたまっーーー」


唇が塞がれる。

朝陽の唇が深く繋がろうとする。オレは応えなかった。

ゆっくりと離されていく唇に縋りつきたかった。

顔を上げれば窓から差し込む夕日のせいで、朝陽の顔は見えなかった。ただ、オレの胸ぐらを掴む手は震えていた。

オレは何も言わなかった。



どれだけそうしていたか分からない。夕日がゆっくりと沈んで行く。

光が朝陽の顔を照らすのをやめる。顔を隠すようにオレから手を離す。

ふらり、とした足取りでゆっくりと窓の外へ出ていく。

オレに引き止めて欲しいのかもしれない、そう思った。


「暖ー!紬ー!ご飯よー!」


階段の下から母さんの声がした。扉をちらり、と見て窓を見るともう朝陽の姿はなかった。

ずるずるとオレは床に座り込む。


「はは、ざまあみろ」


オレは俯いて笑った。

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