進む復興の光—民の視線は誰に向く—
ノラとの邂逅から半年後、数ヶ月前まではただの荒野だった魔王城の南方では灼熱の太陽の下、地面を揺らすような掛け声が響いていた。
乾ききった大地に刻まれた巨大な溝。そこに数百の民が集い、鍬を振るい、石を運び、汗を流している。
ノアールは、その光景を高台から呆然と見下ろしていた。
隣には、魔王側近に与えられる黒いマントをひるがえし、涼しげな顔をしたノラが立っている。
「見ての通り、進捗は順調よ。水路は第3地区まで掘削が完了。あと2カ月もあれば、第1地区では初水が通るでしょうね」
彼女はそう報告した。言葉は冷静で、数字のように整っている。
だが、その声を聞いていた工員たちが、次々と集まってきた。
「あ、ノラさん!!ご相談なんですけど、あのでかい岩盤のとこ、やっぱ爆破魔法が早いですかねぇ?」
「ノラ様…取水口ですが、あまり大きく取ると雨季の洪水で被害が出るかも知れません。もう少し小さく組み直した方が…」
「ノラ様。第二地区の水路は設計書通りじゃ難しいですぜ。俺等は素人なんだ…どうにか技術屋を雇うか、素掘りみたいな単純な造りに出来ませんか」
「ノラさーん、また子どもが切り石で遊んでて......危ないからやめろってのに聞かねぇんですわ…」
「ノラさん聞いてくださいよ!こいつ、この前の掘削作業でノラさんの指示書と真逆に掘ってたんすよ。なあ?(笑)」
「は、うるせぇ!お前が岩にぶっ刺して抜けなくしたツルハシ、誰が抜いてやったと思ってんだ!」
どっと笑いが起きる。
ノラはそれを受けて、ほんの少し目を細めた。
「皆、元気そうでよかったわ。作業は大変でしょうから、笑える時に笑いなさいね。」
冗談のようでいて、真実を突いた言葉。
工員たちは一様に頷き、また笑い、そして次の相談を口にする。
ここでは、誰もが彼女を見ていた。 まるで希望の光を見るかのように、最大の敬意と親しみを込めて。
その場にいても、誰にも気づかれないような気がして、ノアールは一歩、後ろに下がった。
彼は王服を着ている。
魔王の象徴である黒衣に、金糸で縫われた家紋。誰が見ても王だと分かる装い。
でも、誰も彼を見ていない。まるで空気のようだ。
(僕が、王なのに…)
喉の奥が渇き、身体に鉛のような重さが広がった。
ノラには才能があった。干ばつに疲れ切った民の心に、鮮烈な希望の光を灯す才能が。
ノアールの視線は、その光の中に沈んでいく。
(誰も、僕を、見ない)
玉座に居た時すら孤独だった。書庫にこもるノアールに誰も近づかず、ノアールも誰とも話さず。城に残っていた家臣たちはただ頭を下げ、国が滅べば一目散に逃げていった。
ノラは民の声を聞き、励ます。民はノラの声を聞き、ノラに笑い、ノラに心を預けている。
「もう、アイツのが王みたいだ…」
ノアールは自嘲気味にボヤいた。この小さな独白は、心の底から滲んだ本音だった。
「ノアール」
驚いて顔を上げると、ノラがこちらを見ている。
「どうしたの? 顔色が悪いわ」
「……なんでもない。ただ……」
喉が乾いて、声が掠れる。言葉を繋げようとしても、心の奥で澱んだ感情が喉に絡みついて、先の言葉が出てこない。
ノラはしばし黙って彼を見つめ、それから目を細めて微笑んだ。
「ねぇ、ノアール。民はね、あなたがここに立っているだけでも安心するのよ。国の指導者が自分たちの方を向いていると分かるから」
「…そう…なのかなぁ?」
自分でも信じられないほど頼りない声だった。
ノラは彼に近づいて、友人にするように肩を叩いた。黒いマントが風を孕み、陽光を遮る。
「現時点では、魔王は貴方なのよ。堂々としていて頂戴」
その声音に偽りはなかった。だが同時に、彼の胸を締め付ける。
希望を示すのは――彼女。
では、自分は? ただ「いるだけ」でいいのか?5年後に王位を失うまで?
「それは、ちょっと嫌だなぁ」
民の笑顔がノラに向けられる光景を思い出す。
自分の姿が霞んでいくような感覚は、どうしても拭えなかった。でも何か、僕にしか出来ないことがないだろうか。
ーーーーー
その日、地底の門が、低い唸りを上げて開いた。
重い鉄の歯車が噛み合い、大量の砂ぼこりを落としながら、大地がゆっくりと割れていく。
その奥から、青白い光が滲み出した。
「……地上…星空を見るのは何十年ぶりだろうなぁ」
地底より這い出た大男、ドワーフのグルモルは煤と油に塗れた黒髭を撫で、低く呟いた。
彼の背後では、数百のドゥアガー工匠たちが無言で列を成していた。
鉄靴が岩を踏み鳴らす音、機械兵の関節が軋む音、背負った炉が呼吸するように熱を吐く。
それらが混じり合い、星空に不似合いな行進音を作り出している。
「首長……本当に行くのか」
若い工匠が、声を落として尋ねた。
グルモルは振り返らずに答える。
「行く。これを逃せば、地上に戻る機会は二度と来んかもしれん」
「……しかし、魔国は、我らを売った国だ」
「分かっている」
彼は片目の義眼をわずかに動かし、遠くの荒野を見据えた。
月光に照らされた魔国の大地は、ひび割れ、死にかけている。
「だがな……今度の魔王は、技術を求めている。
兵ではない。武器でもない。水を通す為の技術をだ」
その言葉に、周囲の工匠たちが静かに息を呑んだ。
「我らが最も得意とし、誇るのは、いつでも技術だ」
グルモルは歩みを止め、背の炉を叩く。
ゴウン、と低く青い炎が応えた。
「…鉄は嘘をつかん。
もし魔国が、我らを再び道具として使うなら――」
彼はゆっくりと首を回し、背後の者たちを見渡す。
「その時は、魔国が復活する前に。皆殺しだ」
魔王継承 ―王位を賭けた五年の復興譚編— エルフェニア大使館 @Elphenian-embassy
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