魔国復興の鍵―禁域の大河に挑む—
翌日、魔王城の一室で、二人は地図を挟んで向かい合っていた。
机の上には古びた羊皮紙。かつて肥沃な大地を示す緑で塗られていた領土は、今や褐色に染まりきっている。
「まずは食糧だろう」
ノアールは地図から目を離さず言った。
「人類圏はここ数年小麦が豊作と聞くし、そこから食料を寄付してもらうのはどうだ?宝物庫には不要な宝石も大量にあるし、人類圏に売れば相当な収益に…」
「駄目よ。」
即答だった。
「せっかくの国宝を安く買い叩かれるのが目に見えてる。それに食料供給をストップすると脅されたらどうするの?我々の旅団では既にデーツやローグナッツなんかの乾燥に強い作物の栽培もしてる、人類権に頼る必要はないわ」
「でも…」
ノアールはちらりとノラの背後に立つ旅団員を見る。
(この人数…水脈上に散らばる魔族の集落からの支
援で食いつないでいるらしいが、きっと3年と持た
ないだろ…)
まずは人類圏に頭を下げてでも目の前の食料問題を解決すべきじゃないのか。
「どうすれば良いんだ…」
机の上には古びた羊皮紙の地図と、インク壺、羽ペン。地図には褐色の大地が広がる。
頭を抱えて考え込むノアールを一瞥し、ノラは地図に走る谷筋を指でコンと叩いた。
「だから言ってるじゃない、旧魔王領最大の大河ーーバルナ川からの水路を建設しましょうって」
「またそれか?」
ノアールは呆れたように顔を顰め、今日何度目になるかも知れない溜息をつく。
「それこそ駄目だよ、無理に決まってるだろ?」
「どうして?この川は干ばつの最中でも枯渇を知らないわ。高山帯からの流れは肥沃な土も運んでくる…取水が実現すれば農地を大規模に回復…それどころか、過去最大の穀倉地帯すら作れるのに、誰も利用してこなかった」
「当然だろ!」ノアールは机を叩いた。
「そこは、先代魔王すら御せなかった激流。大規模な洪水を繰り返す死の河だ!!知能のある魔物なら近づきもしない、そんな河をどうやって利用すると言うんだ!?」
「策はあるわ」
ノラはさらさらと羽ペンを走らせる。地図の川筋から斜めに線を引き、そこに小さな四角を描き込む。
「先代魔王達は川の流れそのものを変える大規模工事と防御魔法を転用した堤防で大河を押さえ込もうとした。そんなの無理に決まってるわ。私達は水門と取水口を作って、流れの一部だけを分け与えて貰うの」
ノアールは眉をひそめる。
「取水口……? そんなもの、あの激流に耐えられるはずが……」
「耐えさせるわ」ノラは平然と言った。
「魔族の魔法で掘削、オークは石材の運搬や組み上げといった力仕事、翼人は上空から測量を。ハーフフットは器用だから、蛇籠を作らせましょう。水路は幾つかの区域に分けて、危険を避けつつ段階的に建設する。――種族ごとの力を合わせれば、不可能じゃない」
その言葉に、ノアールは言い返せず口を閉ざした。
奇想天外というか、無茶苦茶というか。かつて自分一人で考えていたときには浮かばなかった発想だ。
だが同時に、大河の恐ろしさを知る自分の心には、拭えぬ不安が渦巻いている。
そうだ、まだ魔族と人類が共存していた時代。当時の魔王はバルナ河を水路として利用する為の工事を行った。
それは失敗した。街は流され、数百人もの死者が出た。その次の魔王も、そのまた次も。
だからこそ、河は魔国の禁域となったのに。
ノアールは俯き、小さく呟いた。
「……もし、また洪水が来たら? 水路建築の為に集まった民はすべて流されてしまうだろう。復興どころか、死者を増やすだけじゃないか」
ノラは一瞬だけ真剣な眼差しを見せ、そしてゆっくりと微笑んだ。
「そうね、危険はあるわ。でも、何もしなければ民は確実に飢えて死ぬ。――やるのよノアール。渇きに喘ぐ民達の前で、また何もできないのは嫌でしょう?」
会議室に重苦しい沈黙が落ちる。
ノアールは拳を握り、唇を噛んだ。胸の奥で、恐怖で手が震える。それでも
「……それでも…やらなければ。やってみよう。もし民に被害が出るようなら、その責任は僕が取る」
ノラはくすりと笑い、紙に描いた水門の図をノアールの前に差し出した。
「いいえ、その時は共に背負いましょう。契約を交わしたのだから――あなたと私は、運命共同体よ」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます