後編
3
電子レンジで温めていた冷凍ごはんが回答され、子気味良い音が部屋に響く。いつの間にか十分という、無意識には短く、意識をすれば長い時間が過ぎ去っていた。
「あ、ご飯できた」
朝食を食べていなかった啓介は、音を合図に立ち上がりすぐに昼食の準備を開始しようとするが、服の裾を雪音に摘ままれて制止させられた。無理やり動くこともできたが、怪我をさせてしまう可能性を考慮し、再び座ることにした。
「なに? 僕はお昼の準備しないといけないんだけど」
「今の状況でお昼の準備に取り掛かる方がおかしいですよ」
「腹が減っては戦はできぬっていうじゃん。何かをするにもまずは腹ごしらえだよ」
「先に考え付いた推理を教えてください」
「ご飯よりも先に? お腹すいたんだけど」
「お父様に言いますよ」
雪音が父親に啓介のことを言うはずがないとわかっていながらも、少しの不安から啓介は溜息を吐いた。自分の推理に興味を持ってくれた雪音のために、語るのはやぶさかではないが、解凍を終えた米というものは時間がたてば乾燥して固くなってしまう。なるべく早く妄想推理を雪音に伝え、摘ままれている手を放してもらおうと考えた啓介。
「簡潔に言うと犯人は相生じゃないよ」
「先ほどの話しぶりで感じていました。では一体だれが?」
「昔の恋人が一番可能性が高いかもね。今までの話に出てきていない登場人物が犯人の場合はミステリでも何でもないから僕には想像ができないけど」
「昔の恋人ですか? 今は地元に住んでいませんよ?」
雪音は可愛らしい動作で小首をかしげた。
「住んでいないっていうだけで地元に立ち入れなくなったわけじゃない。その日の夜にたまたま戻ってきただけじゃないかな。地元に住んでいたなら監視カメラの位置とかも分かっているだろうし、犯行を行うだけなら難しくない。公園に設置されていたのが古い監視カメラだとしたら夜の映像は鮮明じゃない可能性もあるし」
公園に設置されている防犯カメラの目的は、明るい時間帯に子供たちが犯罪へ巻き込まれないようにするためのもの。夜間の暗闇には対応しておらず、設置していることが犯罪の抑制になる張りぼてとなっていることも少なくない。
「白波は自分より身長の高い人としか付き合いたくないって言ってた以上、元恋人は白波よりも身長が高いだろう。それこそ上から後頭部を殴りつけられるほどにね。元恋人からの呼び出しで気が緩んでいたのかも」
「それじゃダイイングメッセージはどうなんですか?」
犯人が相生でないならばダイイングメッセージは成立しない、疑問を浮かべた雪音はすぐに質問をする。
「犯人が書いたんだろうね」
「なぜ相生さんの名前を?」
「白波のスマホを覗いた。元恋人でパスワードとかも変えていなかったんだろう。相生という名前はアドレス帳を五十音順に並べたとき、真っ先に出てくる名前だろう。単純に一番上にあったからっていう理由」
すぐにポケットからスマホを取り出した雪音はアドレス帳を開いて確認をしていた。SNSの普及によってアドレス帳というものをほとんど使わなくなった現代人のスマホには名前が登録されていない。それがなくとも雪音には友人と呼べる存在が片手で数えるほどしかいない。
「ダイイングメッセージは漢字で書かれていたと言ってたけど、死ぬほどの衝撃を受けた後に漢字で書く余裕があるとは思えないな」
「それは……そうですね」
「理解できないことが起こってパニックになってしまえばダイイングメッセージは残せない。それこそ予め殺されることを知らないとね」
啓介は語り続ける。
「左手を切り落とされた理由は――ちょっとわからない。こじ付けをするなら白波が投稿していたSNSを真に受けたからかな」
「SNSですか」
「彼氏がいる振りをして遊んでいたんでしょ? 自分と別れて一ヶ月で新しい男を作ったなんて、嫉妬に狂ったのかもしれない。結婚指輪を付けさせないために、左手だけでも手中に収めたかったのかな。案外男っていうのは執念深い生き物だよ」
「啓介さんもですか?」
「ノーコメント。下手なことを言ったら雪音が殺されたときに疑われるじゃないか」
冗談交じりに物騒なことを口にした。神宮寺啓介にはデリカシーというものが欠けていた。相手に対しての配慮をするもどこかずれており、結果的にデリカシーのない発言をすることが少なくない。今も「自分は嫉妬深くないから安心して」と伝えればいいものを、気持ち悪がられることを配慮して言い換えていた。
唖然とした表情を浮かべる雪音を無視したまま話を続けていく。
「左手を切り落としたのは結婚をさせないためかもしれないね。頭部の殴打、左手の切断。これは計画的犯罪だ」
「……物騒な男性もいるものです」
「僕に想像できる程度のことを警察は見逃さない。きっと雪音たちに伝えている裏で捜査をしているはずだ。あと数日、もしかしたら今日中にでも――」
啓介が最後の言葉を放そうとした瞬間、流れ続けていたニュースから速報のアラームが鳴った。
「速報です。白波幸恵さんが殺害されているところが発見された事件の犯人を警察が拘束しました。元恋人である手染凪(てぞめなぎ)容疑者の家宅捜索をしたところ、凶器に使われた鈍器などが見つかったとのことです」
タイミングよく流れたニュースを合図に啓介は立ち上がる。テレビにくぎ付けとなっている雪音が引き留めることはなかった。
「ニュースじゃ左手のことは言わないみたいだね」
「猟奇的過ぎて規制が入ったのかもしれません」
臨時ニュースはすぐに終わり、再び昼のバラエティへと切り替わる。人の死が伝えられた直後だというのに縁者たちは変わらぬ笑顔で番組を盛り上げていた。
「犯人、当たってしまいましたね」
「ニュースだけじゃ真相なんてわからない。僕がやったのは辻褄合わせだからね。一瞬でも僕の推理に納得してしまっただろう?」
啓介が推理を語っている時の口調、表情、動作。そのすべてが演劇のように意識を集めるのだ。その結果、聞くものの思考に啓介の言葉が入り込み真実のように思わせる。今回も雪音は啓介の話術によって、啓介の推理があり得るかもしれないと思い込んでしまった。
「探偵を目指すだけありますね」
「現実は小説より奇なりっていうだろう? 今回は登場人物に犯人がいたから分かっただけ。現実の犯罪に役立つのは探偵よりも警察さ。僕は遠くから事件を眺めて、一人推理するのが似合っている。遠火で手を焙るってやつだ」
「世の中の名探偵が泣きますよ」
「泣きを見ればいいんだよ。死の真相を暴いて越に浸っているような人間は頭がおかしいんだからね」
「自己紹介ですか?」
「いいや? 僕はこれからチャーハンを作る。温めたご飯を使ってね。こここからカルボナーラを作り始めたら頭がおかしいだろうけど」
くつくつと含み笑いを浮かべながらフライパンに油をひいて調味料を熱し始める。お嬢様ゆえに、自宅で食べる料理は料理人が作ったものしか食べていない雪音は啓介の作るジャンキーな料理に興味津々だった。熱されたことで部屋に漂う生姜とにんにくの香りは、空腹感を増大させる。
「雪音」
「なんですか?」
米を入れたフライパンを手際よく振るう啓介に呼ばれた雪音は、その場から立ち上がり返事をした。
「ちょっと手を貸してくれない? そこにある塩コショウを取って」
指し示す先には何度か使用された形跡のある調味料が並んでいた。その中から指示された塩コショウを手に取って渡す。
「手を煩わせたね」
「……もしかして態と手に託けた言葉を使っていますか?」
「よくわかったじゃん」
「啓介さんことなら手に取るように」
「一本取られた」
一切雪音のほうを振り向かず、フライパンを振り続ける啓介。その姿を無言で見つめながら、啓介を手中に収めるのはいつになることやらと思案するのであった。
手中に収めて【妄想推理は誰が為に】 人鳥迂回 @shinsuke0625
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