中編

 2


「質問なんだけどいいかな」

「どうぞ」


 啓介は目を閉じて、考える素振りをしながら質問をする。ニュースで伝えられた状況を元に頭の中で被害者の状況を作り始めるのだ。

 初めに考えるのは公園で倒れている白波の姿。俯せに倒れたまま動かない遺体の左手はなく、存在しない指先には犯人の名前が書かれていた。


「犯人の手は左手だけが切断されていたってことでいい?」

「はい。左手は残っていました」

「何処から切られていたの?」

「長袖の先から出ていた部分ですし、手首から先です」


 白波は長袖の服を着ていたが、服装まで分からない啓介は幸音が来ている格好をそのまま想像の中の遺体に着せることにした。折角のお洒落も死体の装飾物になろうとは雪音も思ってはいなかっただろう。

 左腕がなくなっていたと思い込んでいた啓介だったが、無くなっていたのは文字通り左手だけだった。


「被害者の利き腕は?」

「おそらく右だと思います」

「ダイイングメッセージが書かれていたのは左じゃなかった?」

「筋肉の付き方が右側だけ確りしていたそうですよ」


 フィットネスジムで働いている白波は、相応のスタイルをしていた。利用者への指導なども行っていたため、利き腕である右側の筋肉が左よりも鍛えられていた。


「被害者の交友関係で恨みを持っていそうな人はいる?」


 殺人事件に置いて真っ先に疑うべきは被害者の関係者である。現在犯人として捕まっている相生は同じ職場で働いている同僚であり、ダイイングメッセージもあってか真っ先に疑われた。

 無差別殺人の線もあるが、個人に関わる痕跡が残されている為、知人による殺人だと啓介は判断した。推理には多種多様な可能性が存在しており、全てを思考に含ませてしまえば、真実に靄をかけ辿りつけなくなってしまう。ある程度の当たりを付け、自分の納得がいくように推理をするのが啓介のやり方だった。


「いいえ。被害者は独身で交際相手もいません。一ヶ月前に付き合っていた方は地元には住んでおらず、怨恨の先は無いとのことです」


 白波は二十九歳の独身女性。朝早くから職場に出勤し、夜に帰宅をする生活を送っていた。仕事が忙しく、女性ばかりの職場もあってか男性との出会いはなく交際相手がいなかった。休日には女性の友人と遊びに行き、SNSでは彼氏がいるように振る舞う投稿もしていた。過去に付き合っていた男性も、地元から出て行っており、近場には住んでいない。


「被害者の周りに足跡とかはあった?」

「いえ、犯人と思わしき女性の足跡は見つけられなかったそうです。警察は偽装していると考えているようですが」

「凶器は何だっけ?」

「分かっていませんが大きな物で頭部を殴りつけられたことは事実です」


 不明ということは近場に凶器となったものが落ちていなかったということ。公園にあるブロックや石などではないことから突発的な犯行ではないことがわかる。


「被害者の身長は?」

「大体百七十五センチくらいでしょうか」

「随分と大きいね」

「職場でも一番大きかったそうです。周りには自分より身長が高い人としか付き合いたくないと漏らしていたようで、出会いがないことを嘆いていたと」

「なるほどなあ」


 職場で一番身長の高かった白波。彼女の頭部を殴って殺すには困難を極めるだろう。


「雪音はさ」

「はい」

「自分より身長の大きい人の頭部を殴るとしたらどうする?」


 啓介がその場で立ち上がり、雪音の手を引いて雪音のことも立たせる。啓介と雪音の身長差は約二十センチ。啓介が雪音を見下ろすと、雪音は啓介を見上げる。長時間同じ態勢でいれば雪音の首が疲労によって疲れることだろう。雪音に背を向けた啓介が自身の後頭部を指さす。丁度白波が殴殺された後頭部の市。身長差によって、雪音が啓介の後頭部を殴りつけることは難しい。


「しゃがんでもらって殴るしかありませんよ」

「そうだよね。でもどうやってしゃがんでもらうの? 手には凶器を持っている状態でしゃがんでくれる人なんていないでしょ」

「それはそうですけど」


 ニュースで流れた殺害現場の土には血痕が染み込んであり、別の場所で殺した遺体を運んだとは考えにくい。殺された場所は開けた砂地で付近には遊具もなかった。

 白波の頭部が下がる要素となるものは一切存在しないのだ。


「今犯人として逮捕されている被害者の同僚は、被害者よりも身長が低い。深夜の公園でしゃがみ込む女性を殴りつけるのは現実味に欠ける」

「話していた流れかもしれないじゃないですか」

「深夜の公園で後ろ向きにしゃがみ込んでくださいなんて、意味の分からない提案を受けるとは思えないなあ」


 職場で一番の高身長であった白波。必然的に相生の身長は白波よりも小さい。先ほど雪音に試してもらった通り、身長の低い人が身長の高い相手を殺す場合に乗り越えなければならない要素が多すぎるのだ。計画的な殺人なら別の手段を取ったほうがいい。


「被害者はスマホを持ってた?」

「持っていなかったみたいです」

「なるほどねえ」


 思考を終えて啓介はその場に座った。スカートを履いていた雪音は、向けられる視線の高さが脚へと向かうことに恥ずかしさを覚え、啓介の隣に座りクッションを胸に抱える。


「他に聞きたいことはありますか?」

「もうないよ。ある程度、筋の通った理論はできた。僕が直接見たわけじゃないし、事件の内容も知らない。あくまで僕の――妄想推理だ」


 知っている情報はニュースで流れていたものと、雪音から聞いた情報のみ。安楽椅子探偵ですらここまでの情報で真相を導くことはしないだろう。

 啓介が行うのは真相を解明する推理ではなく、自分自身が納得するための推理。どこかで発表することもない推理は自分だけが納得できる道筋を作り出せればそれでよかった。


「お聞かせください」

「いつも通り先に言っておく。推理なんてものは事件の真相を解明する為に役立っても、法的な効力は持っていない。推理があるからといって人を捕まえることができないようにね。あくまで僕の推理は妄想だ。それを踏まえて聞いてほしいな」

「ここでの話は誰にも言いません。勿論お父様にも」

「雪音のお父さんにはそれ以外のことも言わないでほしい」


 雪音は啓介の家に行くことは言っていても、そこで話した内容や行動などを逐一報告することはない。娘を溺愛する親にとっては気になることだが、娘に嫌われるリスクを取ってまで聞き出すことはしない。

 仮に雪音との会話が聞かれていれば、お嬢様を安いアパートに連れ込んで悪い話を聞かせている大学生などひとたまりもないのだ。


「どうしてですか?」

「一人娘を誑かす大学生だよ? そうなったら両手があってもお手上げさ」

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