第5話 テト

学校に実際に来る必要はない。自宅に居ながら授業を受けることも、級友と交流を持つこともできる。でも僕は毎日学校に行っていた。健全な精神は健全な肉体に宿る系の標語に従順に従っているわけではないが、それでもやはり体力の維持は精神力の維持に直結すると思う。


ある種の天才は環境の変化がなくともその場に居ながら創造的な何かを生み出し続けることができる人も居る。でも僕はある種の天才ではない。環境の変化は僕に刺激をくれる。僕は人間としての感情がどう動くか? を評価されるクラスにいるのだ。その勤めを果たすためにも、創造的な何かをするチームに入れなくても、今の状況下で自分の感情がどう動くかデータを上げることだけはできる。それだけはしようと思った。


クラスは20人12人が男子で8人が女子。異性愛を支持する人だけではないし、これは成長過程で変わることもあるらしいのだけど、男女ともに同性愛者は少ない。だからと言って何か対応が変わるわけでもないし、日常生活は普通だ。


ムツキは来期からクラスが変わる。そうしたら、僕はもうムツキの顔を見ることさえ難しくなる。何かの教科で同じクラスに入れるだろうか。そう思うと胸が締め付けられた。


「修学旅行だけどな。」 担任の先生が言った。 「2024年の北陸にしようと思う。」


過去に遡れるタイムマシンと呼ばれるものはすでに出来ていて、研究職とか調査チーム系の職業に就くと結構利用される。未来に行くことは今もできない。過去に戻ることや、瞬時の移動は国家機密であり、正当な理由がなければ一般人が使うことはできない。だが小学校の修学旅行の一度だけみんながタイムマシンを使って過去に行くことができた。


でも一つだけ禁忌がある。その時代の人とどんな形であれ絶対に交流を持ってはいけない事。何かのタイミングが影響して、子孫に影響が出ることで、現代の誰かが跡形もなく消滅したりすることになりえない。だからどんな形であれ過去の人と交流を持ったり、影響を与えてはいけない。 


目の前のデスクに能登半島地震のデータがボアンと浮き上がる。 「お前たちの観たいのは他にもいろいろあると思う。東京大空襲とか、阪神大震災の倒れた高速道路とか、東日本大震災の津波とか、南海トラフとか、富士の噴火とか。」


僕はこの北陸の地震のことを知らなかった。 「歴史的にみると、この地震は被害規模が小さい。目立たない。でもわかってる通り、修学旅行で現地に滞在できるのはわずか30分だ。この能登半島地震はマグニチュード7.6と大きい。でも能登半島に被害が限られてるから、30分で明るい時間の9時41分の地震も同時に土地が隆起する様子も、直後に到達した津風も、火災の発生も全部見ることができる。」


僕は表示されたデータを頭から見ながら話を聞いた。 「もっと選ばれやすい定番の修学旅行先も考えたが、30分という時間で全容を見て取ることは難しい。丁度2000年前だし、お前たちは人としての感情を研究するクラスにいる。災害の悲惨さを見て、だた怖かった、恐ろしかったで、終わって欲しくない。」


話の続きを待った。 「俺はお前たちにこの修学旅行で課題を与える。」


目の前の画面が被災状況の詳細に変わった。 「この2024年1月1日の能登半島地震で被災されてしまった方の、どの人でもいい。自分がその立場だったら、という課題で、研究文を提出して欲しい。」


課題の内容に画面が加わる。 「亡くなられてしまった方でも、小さい影響で済んでそのまま生活を続けられた人でもいい。そこでどんなことを考えながら毎日と生活していたのか。何を大切にした人生だったのか。そしてどんな感情の時にこの地震を迎えたのか。地震が起きて何が変わって何が変わらなかったのか。被災された方の誰か一人を徹底的に調査して、自分を置き換え、自分が2024年に生きていたらどんな価値観で生活して、毎日何時に起きて誰が作ったどんな朝ご飯を食べて、仕事なり学校なり何をして、何を思って毎日を過ごしていたのか。修学旅行前にそこまでを提出しなさい。そして修学旅行で実際の被災を見よう。何があったのか見に行こう。遠くからにはなるけれど、古い映像資料で見るのとは違う、体感をすることができるだろう。その経験を持って、その人にどんな変化が起こったのか続きを提出しなさい。」

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2026年1月17日 08:00
2026年1月19日 08:00
2026年1月20日 08:00

『4024年の観測者、2024年のソクラテス』 〜未来人が見た能登半島地震〜 御箸椀 @ha11

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