第4話 ムツキの努力

私は自分で言うのもなんだけど、すごく頑張って次期から研究クラスに移動できることになった。悲願だった。この世の中ではごく一部の管理者になるか、大多数の管理される、ただ生きてるだけの存在になるしかない。16歳までにそっち側にならないと、移行できるチャンスは全くないわけではないが、それこそ大発明でもしない限りそっち側に回れることはない。


管理される側になることが悪いとは思わない。世の中は平和だし、衣食住に困るということが想像できない。


「満足な豚であるよりも、不満足な人間であるの方がいい。満足した愚者であるより、不満足なソクラテスである方がいい。」


哲学の授業で前半だけ紹介されて、なんだかその言葉が胸に響いて、私はその人の本を読んだ。ジョン・スチュアート・ミルという19世紀の哲学者で、経済学者の走りでもあり、政治学にも言及しているらしい。


デジタルの英語の原本は手に入らず、古い翻訳本は読みにくかったが、それでも刺激的だった。ほとんどのことを自分たちの手で生み出し生活していた至極素朴な暮らしから、工業化、植民地政策と世の中がすすみ、管理者と管理される側に世の中の常識が変わる瞬間の出来事で、そのさなかに居て物質的満足より、精神的充実が大事な事に、ミルは気づきそれを発していた。


今の世の中では当時の労働者階級の仕事は、ほとんどが自動で機械が行っている。人間らしい生活をと山の中にコミュニティを作って、昔ながらの生活をしよういる人たちも居るけど、なんだかそれも現実的ではないなと思ってしまう。そういう所は犯罪の温床でもあった。現代ではほとんど起きない性犯罪も表面化しないだけで、そのコミュニティの自治の中では当たり前にあるらしい。


女性が自然妊娠をすることで、その間当然ながら活動を制限されるし、子育ても集団で行った方が効率的だ。母親からの愛情というものがあるのは知っているし、私も初潮を迎えたら、自然妊娠の予防と、月経による精神的肉体的負担から逃れるために、子宮に小さなプラスチックの器具を入れる。器具を入れるかは選択できるけど、月経の資料を読むとそれを避けることができるのならそうしたいと思うし、私にも生んでくれた母親は居ないけど、それが精神的に大きく負担になるようなことはない。


当たり前すぎて疑問にも思わないし、自然妊娠で産まれた友達を見ていると、むしろ親の過度な期待に応えようと必死になっている気がする。そのしがらみがない自分の方がむしろ幸せなんじゃないかと思ってしまうくらいに。


生まれた時に肩にチップを埋められていて、位置情報は全て政府に情報が渡っている。誰でもその情報にアクセスできるわけではないが、何かトラブルが起こったときり、予期せぬ出来事が起こった時にその原因を問われることになる。


テト君との交際の終了は、私が満足な豚に近づいただけなのだろうか。それとも不満足なソクラテスに近づけたのだろうか。精神的充足より、自分の将来を優先したことは、満足な豚なのだろうか、不満足なソクラテスなのだろうか。ミルが今生きていたらいったいどんなことを思うのだろう。その先駆者的発想で言ったら、私の行動は愚かなものなのだろうか。


何も分からなかった。

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