第5話 もしも、星が落ちなければ

 二匹の竜は、少し離れたところからベンチに座るふたりを見守っていた。

 不意に、スピカが横のカグツチへ、試すような視線を向けた。


「さて。竜継の儀も終わったことだし、これで君は正式にアルトの竜になったわけだ。なら、その幼さは卒業しないとね」


 スピカの声はどこまでも平坦で、だからこそ真実を射抜いていた。


「もういらないだろう、


 カグツチの肩が、わずかに揺れる。

 彼はいつものように無邪気に首を傾げようとして――けれど、スピカの金色の瞳に見透かされ、ふっと苦笑いを浮かべた。

 その瞬間、纏っていた幼さが剥がれ落ち、一羽の猛禽のような鋭い知性が顔を出す。


「あー……気付いてた?」


「僕を誰だと思ってるんだい」


 スピカは鼻を鳴らす。

 カグツチは、遠くで笑うアルトの横顔を、慈しむように見つめた。


「アルトはずっと、何かを恐れてた。一人で冷たい場所にいるみたいな顔をしてたんだ。……だからアルトを笑わせるのが、オレの役目だって思ってた」


 自分が弱く、幼くあれば、アルトは自分の世話を焼くためにこちらを向いてくれる。

 死の予感に呑み込まれそうな主を、現世に繋ぎ止めるための、彼なりの細い糸。


「でも、今のアルトは笑ってる。昨晩は珍しくぐっすり寝てた。……オレも、ちゃんとしたアグレストの竜にならないとね」

 

「……そうだね」


 スピカは満足げに頷き、一歩前へ歩き出す。


「僕がいる限り、もう君の主が一人で震える夜は来ない。……これからはアルトを慰めるんじゃなく、お互い主とともにあろう。いいね?」


「……了解」


 カグツチの声は、もう子猫のそれではない。

 低く、力強く。主の未来を共に歩む、一機の竜の響きだった。


「じゃあ、戻ろうか」


「うん」


 二匹の竜が噴水へ戻ると、ルシアとアルトが顔を上げた。


「お話は終わりましたか?」


 スピカがカグツチの頭をくしゃりと撫でる。

 カグツチは少し照れくさそうに笑った。


 やがて、遠くから馬車の音が聞こえてくる。


「さあ、ルシア。そろそろ時間だ」


「はい」


 立ち上がるルシアに、アルトが手を差し出した。


「次は会えるのは――雪が解けた頃かな」


「ええ。その時はのんびりと散歩でもしたいですね」


 二人が見つめ合い、二匹の竜がそれを見守る。

 朝の光の中、白薔薇が優しく揺れていた。


 ――この幸せな朝は、守られた。

 そして、明日へと続いていく。




********************


「僕がいる限り、もう君の主が一人で震える夜は来ない」


しかし、本編では、この約束は守られませんでした。


星は落ち、スピカはもういません。

守られなかった世界で、ルシアとカグツチはどう生きるのか。


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▼本編はこちら

『復讐令嬢は怒りを持たない最強火竜の業火となり、魔王へ至る ~造花の魔王~』

https://kakuyomu.jp/works/822139840221684878


※本編は最終的にハッピーエンドですが、序盤は心が削れる展開が続きますのでご注意ください。

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婚約者の処刑? させません。名前が強さのこの世界で、最強の竜が全てを蹂躙する。 黒しろんぬ @kurosirou

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