第4話 守られた朝

 竜継の儀の翌朝――私は女学院へ戻るために、屋敷の前の噴水で馬車を待っていた。


「ルシア、女学院ではいじめられたりしていないかい?」


「ふふっ、スピカったら……女学院でいじめなんて鳥が空を飛ぶより当たり前の日常ですよ」


 語気が自然と強くなるのは仕方がない。あの場所は場所だ。


「ルシアのことだから負けることはないと思うけど……辛かったらいつでも帰ってきていいんだからね?」


「女学院の陰湿ないじめ一つ熨しつけて返さず逃げ帰るなんて、ヴァレットの恥ですわ。女学院で社交の刃を研磨すれば、本番も怖いものなしです。きっと」


「うん、もれなくみんな致命傷だ。それでこそ、僕が二千年見守り続けたヴァレットだ」


 まるで父がそうするように、スピカは私の頭を撫でた。


 やがて――上空から「おーい!!」と叫び声が聞こえて私とスピカは同時に顔を上げた。

 紅の鱗を煌めかせ、地面に向かって急降下する竜体のカグツチと、その背にしがみついているアルトの姿がそこにはあった。

 カグツチは噴水のすぐそばに着地すると、アルトを背中から降ろす。

 竜体は瞬く間に炎に包まれ、やがて赤銀の髪を揺らしたいつものカグツチの姿に戻った。


「アルト……カグツチに乗ってくるなんて聞いていませんよ。さてはまたカグツチが寝坊したのですね?」


「実はカグツチじゃなくて俺が寝坊したんだ」


「アルトが寝坊、ですか?」


 それは珍しい。

 前にアグレストの屋敷を朝早く訪ねた時、アルトはもうだいぶ前から起きていて、カグツチはまだ布団の中だった。

 アルトは昔から、まるで時間を惜しむように――いつも早く起き、誰よりも早く動き始める人だった。


 けれど、今朝は寝坊した。

 

 それを聞いて、私はどこか安心していた。

 そんなことを考えていると、スピカが声をかけた。

 

「カグツチ、こっちへおいで。少し二人で話をしよう」

 

「え、何? スピカ、お説教なら後にしてよ。まだ儀式の余韻も冷めてないのにさ」


 カグツチはいつものように唇を尖らせ、不満げにスピカの隣へと歩み寄る。

 スピカはそれを「いいから」といなして、アルトと私を噴水の縁へと促した。


「さあ。アルト。馬車が出るまで、ルシアと二人で話しておいで」


 アルトは少し驚いたように瞬きをしたが、やがて優しく微笑み、私の隣に座った。


「アルトが寝坊なんて珍しいですね」


「ごめん。来ないかもって心配させた?」


「いえ、それはないです。アルトは何があっても約束を守る人ですから」


 そう言って、私は胸の銀の葡萄のブローチ――母の形見――をそっと撫でた。

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