【短編コメディ】人生が決まる期末テストに遅刻したら、鬼の羅生門教頭が支配する地獄だった件~消しゴムを忘れ即死級縛りプレイ~

岩名理子

期末テスト

 僕が教室にたどり着いたのは、人生が決まるかもしれない二学期の期末テスト、始業チャイムがなる1分前だった。


 勢いよく開けた教室後ろの扉から、息を切らした僕に全員の視線が集中する。慌てて、どうもどうもと、苦笑いをしながら自席についた。


 タオルで汗を拭きさっと鞄から筆箱を取り出した。

 僕は顔をあげ、凍り付いた。教壇に立つのが担任の先生でなかったことに気づいたからだ。


――鬼の羅生門らしょうもん教頭だ。


 馬鹿な。本来であれば仏の担任の先生であったはずだ。むしろ、担任の先生でなければ、今のこの状況はかなり悪化する。


 そうして僕が固まったまま教頭を凝視しているとチャイムが鳴った。その瞬間に、眉間にしわを寄せた教頭から放たれる覇気に、僕は戦慄した。



――カンニングなどしてみろ、二度と教室の地を踏めぬようにしてやる。



 ごくり、と僕は唾を呑む。なんてことだ。カンニングが前提だったのだ。僕の筆箱には、ひっそりと忍ばせたカンニングペーパーが入っていたのに。すでに失策。挽回の余地はないのか。


 気を持ち直す。

 大丈夫だ、例え教頭といえども、一人ひとりの筆箱など調べない。教頭が離れたタイミングで、カンニングペーパーを取り出す。たった、それだけだ。


 まるで僕の心の奥底を感じ取ったような言葉を教頭はいう。


「シャープペンシル、消しゴム、定規……これ以外は、一切筆箱から出さないように……それ以外は机の中にしまえ」


 ……見抜かれている。

 さすがは幾度ものテストという戦場を駆け抜けたラスボス。


 筆箱がないと、チャンスが巡ってこない。

 テスト中に机の中をやおらごそごそまさぐるなど、まさにカンニングしていると供述しているようなものではないか。


 今すぐ取り出すか、取り出さぬべきか。

 どこぞのマジシャンさながらに、手の中にずっと隠し持っていれば……あるいは。


 いや、そうなるとテスト中にずっと手の中に隠していなければならない。早ってカンニングペーパーを落としでもしてみろ。見つかるに決まっている。しかし、使わないという事は徹夜で勉強せず必死で作ったあの苦労が全て水の泡。落ちついて、期を待つのだ。さすれば、訪れよう、なにかしらこう……絶好のチャンスが。


 鬼の教頭の、目を盗む、その時が訪れるのを、なんとなく待つのだ……。


 そこで、僕は致命的なミスに気づいた。


――消しゴムが、ない。


 なんということだ。

 あの白く輝く、自分の描いたミスを全て消去してくれる魔法のアイテム・消しゴムが、僕の手中から失われている。いま、僕はこの瞬間に、間違いをすることが許されなくなった。たった一つ、消しゴムを忘れたという、それだけのことで……。カンニングができない上に、消しゴムで修正できないとは、天の神だか仏だか知らんが、いったいどうしてこのような試練を僕に与えた!? 心の中で思いつく限りの悪口雑言であらゆる神を罵りながら、シャープペンシルをにぎってテストに向き合う。


 でもあまり筆箱の中を調べてしまうと、不自然だ。下手すればカンニングペーパーが周りに見つかってしまう。筆箱を開けるのはもう諦めよう。何度見ても、ないものはないのだ。集中して問題を解くしかない。


「準備はいいか――開始」


 カチッと教頭の時計の音がなる。


 いざ尋常に勝負。


 思わぬ事態に焦ったが、なあに、僕はこれまで十五年間必死で頑張って生きてきたんだ。それなりに勉強はしてなかったが、文字は読める。全く持って解けない、なんてことはないだろう。選択肢問題なら確率で当たる可能性だってある。零点なんてことはないだろう。


 息を整えテストを進めていくことにしよう。


 サラサラと達筆で書いて……全くわからん。


 なんということだ。今、僕はこの瞬間、「テストをただ受けている振りをしている学生」に成り下がった。問題が何一つわからない。しかし、ここでぼうっとしてみろ。まるで授業態度が悪く、教頭ににらまれ、あまつ外へと放り出され……死が確定となる。そこまで想像したところで、僕は演技を続けることにした。


 すなわち、真面目に問題を解く生徒だ、と。

 無意味にテスト用紙を片手でおさえ、うーんと考えるポーズをした。


 しかし、ここで問題が起こった。教頭は僕の傍らに立ったのだ。

 ゆらゆらと揺れ、僕の席の横でじっと。ただならぬ気配に、息を呑む。 

 教頭は僕を冷たい視線で見下ろしていた。

 じっとりと背中を汗が伝う。

 他の生徒がいるなか、なぜ僕の方をじっくりと見るのだ。まるで、僕が不正をしようとしていることを見ぬいて――いや、カンニングは、諦めたぞ……。


「タオルを……落としていたぞ」


 教頭はタオルを拾い、僕は教頭の顔を見上げた。


「……ありがとうございます」


 なんとか絞り出した声に、教頭はにやりと口角を上げた。瞳に映っている僕は、真っ青な顔をしている。タオルを受け取り、ぎこちない笑顔をうかべていた。


「顔色が悪いようだが……大丈夫か……出て行ってもいいんだぞ」


 なんとか「いえ……」といい、首を振った。


 

 テストの問題はさっぱりだ。

 

 問題はあらゆる手段でひっかけようとしてくる。


――誤っているものを選んでください、だとかだ。

 

 すでにそれらしいものを見つけ、はやった僕は合っているものだと思い込み、1を書いてしまった。しかし、よくよくよめば3だ……。すでに僕は消しゴムが恋しい。読み返したが、これはさすがに3だ。


 うぬおぉお……と心で気合を入れながら、1を3に変えていく。あやしい、かなり歪な3になっている。擬態しろぉ……お前は、お前は3だ!


 採点する先生によっては「ん?」で済まされる範囲だ。今度は同じ轍を踏むようなことはない。しっかりと読んでから挑むことにする。次の問題だ。


 ……なんてことだ。純粋に書き間違えた。8はもうどうしようも誤魔化せない。増やすことはできても、減らすことはできないのだ。ミノムシ作戦が頭をよぎる。


 そこで僕は気づいた。

 シャープペンシルの先端が、フタつきになっていることに。これは……まさかと開けてみると、消しゴムがついている! 


 神様、仏様! 先ほどは罵って申し訳ありませんでした! 


 嬉々として8を消し……新品の消しゴムは、ぐにゃあと黒い汚れを増やした。消しゴムの工場のオイルが、僕の神聖なるテスト用紙を汚していく……!


 いねえ! 神も仏も! むしろ悪魔だろこれ!

 救ったようにみえて、地獄へと叩き落とす……なんということだ。カンニングしようとした僕への罰なのか?


 どれも解けない。教頭は強い。

 僕などの初心者スキルでは……やはり難しい。

 打つ手なし。隙が見当たらない。


 僕が諦め、茫然としているとチャイムが鳴ってテスト用紙が回収されていく


 教頭先生に回収された瞬間に気づいた。

 



 自分の名前を書き忘れたことを……。

 



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