【カクコン11短編】猫の手“を”借りたい

七月七日

第1話(1話完結)

「あのさぁ、猫の手も借りたいってことわざあるじゃん」

 老猫のコタロウを膝に抱いて、前足の肉球をムニムニしながら、舞香がそんなことを言った。


 三連休を利用して、僕たちは舞香の実家にお邪魔して、炬燵こたつでのんびりしている。実家には、十五歳になる老猫がいる。


「うん、あるね。それがどうかしたの?」

 また何か面白い話題を振ってくるんだろうな。僕は読んでいた新聞を置いて舞香の話に耳を傾けた。僕たちは新聞をとってないので、舞香の実家に来た時読ませてもらう新聞が新鮮だ。


「あれって、猫に失礼だと思うわ」

 猫が喉を鳴らすゴロゴロ音が聞こえている。そうだそうだと言っているのか?


「何故失礼なの?」

 理由は分かってるけど、舞香が何て言うか興味があったので一応訊いてみた。


「猫は役に立たないけど、そんな猫の手でもいいから手伝って欲しいくらい忙しいって意味なんでしょ」


「そうだね」

 ちゃんとことわざの意味が分かってるんだ、偉いね〜と頭を撫でてやりたくなった。そんな子ども扱いをすると怒り出すからやらないけど。


「そもそも、これは手じゃないわ」

 コタロウの前足を握って僕の方に見せつけてのたまった。


「えっ、そこ?」

 僕は思わず、身を乗り出した。問題はそこじゃないだろ。


「これは前足って言うのよ、本当は。馬や豚の前足を手って言わないでしょ」

 舞香は得意げに正論を述べた。コタロウは舞香の膝から降りて炬燵に潜り込んだ。


「そりゃそうだけど。でも、犬もお手って言うよね」

 僕も負けずに返した。話の本質からズレてるけどね。


「あれは‥‥‥、あれはお足って言うと別の意味になっちゃうからじゃない?」


 苦し紛れに何かひねり出して来たぞ〜。舞香は頬を膨らませて、下唇を突き出している。こうなると、もうかたくなに認めようとしないから、この辺で切り上げるのが得策だ。


「ま、それはいいとして、何で猫の手も借りたいが、猫に失礼かって話じゃなかったっけ?」

 僕は話を元に戻した。


「前足を手って言う動物は猫だけなんだよね」

 舞香は炬燵に潜ったコタロウを探している。コタロウは舞香の座っている反対側に炬燵から顔だけ出して寝ている。


「うんうん、ホントそうだね」

 犬の“お手”のことはもう言わない方が良さそうなので、舞香の言いたいことに焦点を合わせることにした。余計な摩擦を避ける方法だ。


「猫の手は、人間みたいに動くから手って言われると思うの」


「うん、きっとそうだよ」

 半分は正しいと思う。確かに、猫の前足は人間みたいに器用に動く。


「コタロウは、障子を開けられるのよ。それに、今はこんなお爺さんになってしまったからしなくなったけど、拾ってきた頃はホントやんちゃで、高いところに登ってはそこにあるモノを何でもかんでも前足でちょいちょいって落とすの」


 舞香が中学生の時に捨て猫を拾って来て、コタロウと名付け、飼い始めたらしい。


「確かに、猫の前足は器用だよなぁ。猫パンチもすごいし、前足で水を掬って飲む猫の動画を見たこともあるよ」


「でしょ!猫の手は役に立つのよ!」

 猫パンチとかモノを落とすのは役に立つって言うのか?まぁ、そういう事にしておこう。


「だからね、猫の手借りたいじゃなくて、猫の手借りたいって言うべきだわ!」

 声高らかにそう表明した舞香は、どうだ、ざまあみろとも言うべき誇らしげな顔をしていた。


「それじゃあ、ことわざのニュアンスが変わってしまわないかい?」


「どうして?おんなじじゃない?ものすごく人手が欲しいんでしょ。そんな時、とても役に立つ猫の手借りたいって思うのよ」


 何だか分からなくなって来た。う〜ん、何だか舞香の言うことが正しいと感じて来た。


「何?夫婦喧嘩なの?また舞香が訳の分からない事を言って宏哉ひろやさんを困らせてるんじゃない?」

 義母が、お茶とお饅頭を持って来てくれた。この辺りの名産の饅頭らしいが、僕は餡子あんこが余り得意ではない。


「喧嘩じゃないわ。討論よ」

「討論?舞香が相手じゃ成り立たないでしょ」


 流石に血の分けた母娘だ。よく分かっていらっしゃる、とは口が裂けても言わない。僕は平和主義者だ。


「そんな事ないよね、ヒロくん」

「うん、そうだね。とても実りある討論だったよ」

 僕の返答に、義母は苦笑いを隠せない。コタロウが炬燵に座った義母の膝に乗った。


「猫の手借りたいってことわざは、猫の手借りたいって言うべきだって話よ。お母さんは国語の先生だったから、ことわざは沢山知ってるでしょ」


 舞香は僕たちの『討論』の中身を義母にざっと説明した。義母は中学校で国語を教えていたが、定年を待たずに昨年退職したらしい。少し休みたいということで、今は無職だ。


「そうねぇ。いろいろ勉強したわ。手という言葉がつく諺・慣用句は沢山あるわよー。知りたい?」


「いや、いい。別にことわざに興味がある訳じゃないから」

 舞香はそっけなく返した。きっと義母は教えたいんだろう。先生だったんだもんな。


「本当に宏哉さんには感謝してるわ、こんな我儘娘を嫁にもらってくれて。がかかるでしょ」

 お義母さんからこの台詞は何度聞いたことか。あ、手がかかる?慣用句だ!


「そんなことないですよ。ご両親が塩にかけて育ててくださったお嬢さんを妻に出来て幸せ者です」

 慣用句で返したら、義母は口角を上げにやっとした。


「まぁ、前味噌だけど、顔だけは可愛くなったわ」

 義母は調子に乗って更にマウントをとってきた。


「何よ!顔だけって!お母さんも失礼だわ」

 舞香は膨れっ面で、饅頭を丸ごと頬張った。


「お義母さんに、報告したのかい?」

 僕は、今回の訪問の一番大事な事を思い出して舞香にささやいた。

 舞香は、饅頭を頬張ったまま首を振った。


「あのね、お母さん」

 投げ出していた足を炬燵から出して舞香は正座した。慌てて僕もそれにならった。


「何よ、改まって」

 

「七か月後に、またお母さんのを煩わす事になるわ」

「はぁ?七か月後に何があると言うの?」


「今、三ヶ月なの」

 そう云いながら、舞香はお腹をさすった」


「! まぁ、そうなの⁈ えっ、そうなの? まぁ、お父さん!お父さん!」

 義母はそう云いながら、居間を出て行った。義父に報告する為だろう。いきなり放り出された形になったコタロウは、手で顔を洗っている。


「お義母さんの手を煩わすって?」

 すごく気になった事を僕は問いただした。


「産休の間だけでも、お母さんに手伝って貰うわ」

「ここに帰るの?」

「うん、ダメ?」

「そうだなぁ、僕も一緒に育てるつもりだったけど、昼間は舞香一人だもんな」

「上手くやっていける自信がない」

「そっか、じゃ、お願いしよう」


「任せなさい」

 義母が義父を連れて帰って来た。義父は趣味の家庭菜園にいそしんでいたようだ。


ぐすね引いて待ってるわよ」




『猫の手を借りたい』 了

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