紀元800年

水王-1

 800年を生きる人魚ミレリアによって作られた「魔術」を元に、帝国は発展を続けてきた。魔術が発展に寄与してきたのは、その「再現性」にある。同じ手順を踏めば誰がやっても同じ結果が得られる。しかしここへきて、その再現性が1つの問題になってきた。

「誰がやっても」という事は、別に帝国以外の国のものが使っても、さらに言うならば帝国に敵対するものが使っても効果があるのだ。肥大化した帝国の周辺部において、帝国から手に入れた魔術を使って、帝国の同盟国を脅かす勢力が現れ始めた。

 特にその獰猛さで知られるドラゴン族は高い魔力を持ち、魔術との親和性が高い。彼らは少しづつではあるが、帝国の領域を蚕食し始めつつあった。


 そういった勢力へ対処するために、帝国は自国の兵力を同盟国に派遣する。また各貴族たちもある程度は自分たちで対処する必要が出てくるため、自前の私兵を整備し始める。魔術機関を統括する貴族であるミレリアも例外はなく、警護目的であった兵力を拡大させて「不死隊」と呼ばれる実行部隊を整備しつつあった。


 赤毛の獅子のような風貌をした獣人が腕を組んで立っている。顔には歴戦による傷跡が残り、その眼光は深くて鋭い。彼の名はテオドロス。帝国でも有数の戦士である彼は、不死隊を率いる総隊長として、その任にあたっている。その彼は今、非常に困っていた。

「前から言っている件について……考えてくれた?」

 そう言うのは彼の目の前の女性。長身で長足、スリムだが華奢ではない。腰ほどもある漆黒の黒髪を持ち、切れ目の長いアーモンド形の目が下から伺うようにテオドロスを見つめている。齢800歳を超える彼女はテオドロスよりも遥かに年上のはずだが、どこか父親にプレゼントをねだる娘のように見えるのは気のせいか。

 並みの男であればいくらでも貢いでしまいそうだが、戦場で鍛えられた鋼の精神力を持ち、帰ったら怖い奥さんのいるテオドロスには通じなかった。が……

「もう、いい加減、お諦め下され……」

 テオドロスは目の前の女性に、疲れ果てたように言った。


 ミレリアの要求は非常に単純なものだった。

「私も戦場へ出られるようにして欲しい」


 テオドロスにとってミレリアは警護対象である。その警護対象が戦場に出たい、などとは到底受け入れられない要求であった。何かあったらすべてテオドロスの責任である。当然断った。

 しかしミレリアは諦めない。どうすれば戦場に出してもらえるかを問いただす。テオドロスにしてみれば雇い主でもあるので、あまり無下にはできない。

「素人を戦場に出すわけにはいかない」と言うと「だったら戦い方を教えて欲しい」という。

「そんな時間はない」と言うと「その時間賃を私の財布から出す」という。

「そもそも人員が居ない」と言うと「だったら別に人を雇ってくれ」という。

 ああいえばこう言う。すでに1か月ほどこうして付きまとわれている。テオドロスもいい加減に疲れてきた。


 この方はなんでそこまでして戦場に出たがるのか……

 

 仕方がない……こうなったら、とテオドロスは作戦を変えることにした。

「そこまでおっしゃるのであれば……分かりました」

 テオドロスの言葉に、ミレリアは目の色を変えた。テオドロスは腰のあたりをゴソゴソとやると、長い紐切れを取り出し、ミレリアに渡した。

「これは?」

 ミレリアは紐をヒラヒラさせながらテオドロスに聞いた。テオドロスは答える。

「ハチマキです。額のあたりにこうやって巻くと、汗が目に入るのを防ぐことが出来ます」

 そういって隊員たちが訓練している運動場を指して言った。

「何事もまずは体力です。あそこで新入隊員が走っていますよね。まずは彼らと同様に走って頂くこととしましょう」

 テオドロスは続ける。

「ミレリア様は素人でいらっしゃいますからね。彼らの倍は頑張っていただく必要がありますな。彼らは50週走るらしいので、まずは100週から始めてください」

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