紀元600年
親友-1
一人のやせ細った獣人の老女が、病院のベッドで横になっている。既に今際の際にいることは明らかだった。
彼女の名前はレベッカ。帝国の様々な政策の助言者として長らく活躍してきた彼女は、数年前から病魔に脅かされており、医者からはもう長くないと宣告されている。
そのレベッカの手を、かたわらで優しく撫でている女性がいた。彼女の名前はミレリア。帝国で600年近くを生きる魔女であり、レベッカの長年の親友だった。
「今日は元気そうね」
ミレリアが言った。最近では苦痛で夜も眠れない日が続いている。それに比べれば、その日は確かに元気な方だった。
「ミレリア様が……いらっしゃいますからね。寝込んでばかりは居られません」
レベッカは笑顔を見せながら答える。
長い時を生きるミレリアは、今までも数多くの友人を見送ってきた。その彼女は、今際の際であれば誰にでも訪れるわけではない。自分が死にゆくのに、不死である若いままの彼女を見て、嫉妬や憎悪を感じる人も、中にはそれを口にする人もいるからだ。そんな人を見るのはミレリアも辛いし、言った方も後で後悔することが多い。
ただレベッカにその種の配慮は必要ない。ミレリアはそれを分かっていた。
レベッカがか細い声で言う。
「ミレリア様と……初めてお会いした日を覚えています」
レベッカがミレリアと初めて会ったのは、宮廷での政策立案会議の場だった。当時はまだ帝国の「国母」の称号を持っていたミレリアは、様々な政策の意見を聞くために、当時は若かったレベッカを呼んだのだ。当時のレベッカは性格が尖っており、相手をとにかく正論で詰めがちだった。それは相手がミレリアであっても同様であった。
「あの時の貴方……本当に生意気だったわね」
ミレリアが当時を思い出して、笑う。
レベッカも、笑いながら言う。
「ええ、本当に……あの時は若造でした。でもそんな若造を、ミレリア様に辛抱強くご相手頂きました」
ミレリアはレベッカの正論を聞きつつ、その正しさを認めた上で、別の視点からの意見を述べた。それはレベッカにとっても新鮮な体験だった。それを自身の糧として、レベッカはそれ以降もミレリアにとっても重要な助言者として関わり続けた。
ミレリアが国母を返上して一貴族となってからは、私的な友人としても会うことが多くなった。一緒にお茶をしたり、ミレリアの紋章を一緒になって作ったこともある。
レベッカは、今までの人生を、思い出しながら、振り返るように、ミレリアに語り続けた。
レベッカが結婚したとき、子供が出来たとき、仕事が忙しくて夫と喧嘩をしたとき、同僚に仕事を奪われたとき、大きな仕事に関わったとき、娘が彼氏を連れてきたとき、孫ができたとき、自分の病魔がわかったとき……ゆっくりと、語り続けた。ミレリアもまた、何も言わずに、レベッカの話を聞き続けた。
全てを語り終えたあと、レベッカは涙を浮かべながら、ミレリアの顔を見つめた。レベッカは幸せだった。最後に、このように自分を語らせてくれたミレリアに、感謝していた。
そして同時に申し訳なく思った。レベッカにとってミレリアは、親友というよりは、どこか仲のよい母親のような存在だった。子供が母親よりも先に逝くのは親不孝だろう。この方には、今際の際に、こうして語れる相手など居ないのだから。
「申し訳ございません。ミレリア様……」
レベッカは呟くように、ミレリアに伝えた。ミレリアは何も言わなかった。レベッカが何を謝っているのか、聞かなくても分かっていたからだ。
レベッカは、数日後に息を引き取った。
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