守護者-1

(聞いてねえ……聞いてねえよ、こんなの)

 心の中でブツブツ言っている、この小太りの男。彼の名はヨーゼフ。帝国の紋章官の一人である。


 帝国には無数の貴族がおり、彼らは皆、それぞれの家を示す紋章を持っている。その紋章を調査・整理して、紋章と貴族を紐づけるというのが主な仕事だ。貴族の紋章を間違うと非常に面倒なことになるので、帝国にとっても重要な任務にあたっているといってもよい。


 そんな彼は元国母であり、500年を生きる魔女、ミレリアの家に招待されていた。先日、ミレリアは国母の称号を正式に返上した。このことによってミレリアは帝国の国母から一貴族へとなることとなった。

 もともと平民上がりであった彼女には、元となる家が無い。そのために貴族の体裁を整えるために色々と準備をすることがある。そのうちの1つに貴族を示す紋章の作成があり、それについての意見が欲しい、という事で、紋章官であるヨーゼフに御呼びがかかったのである。

 元国母であり、絶世の美女と言われるミレリア宅への招待という事もあり、多少のスケベ心を抱えつつ、こうしてノコノコとやってきた。しかし、彼の想定外の事態が起きた。


 ヨーゼフの目の前で、机の上の図案を眺めながら、二人の女性が熱心に議論をしている。

「やっぱり魔術師である、という意匠が欲しいのよね」

 今回の想定外の原因その1。当の張本人であるミレリア。図案を熱心に見つめる、少しだけ吊り上がった切れ目の長いアーモンド形の目。長身で長足、スリムだが華奢ではない。腰ほどもある漆黒の黒髪が緩やかな三つ編みでまとめられている。抜群のプロポーションを持つ、ふるいつきたくなるような美女だが、もはや主題はそこではない。

「そうなると、やはり杖などでしょうか?」

 今回の想定外の原因その2。犬のような顔をした赤髪の獣人の女。彼女の名前はレベッカ。政策におけるミレリアの助言者であり、私的な友人でもある。

 ミレリアが答える。

「杖はね……ちょっと年寄り臭いから嫌なのよね……」

「500年も生きているのに何を今さら……でしたら水晶玉とか?」

「水晶玉はどちらかというと占いの道具じゃない。魔術とはちょっと違うかな」

「それは確かに」

 彼女らが熱心に審議しているのは紋章の図案。そうヨーゼフは勘違いしていたのだ。彼が聞いたときは「紋章を作成したから、それについての意見が欲しい」という意味だと思っていた。しかし……


(聞いてねえよ……紋章をゼロから作るなんて聞いてねえよ。めっちゃ時間かかるやつじゃんか、それ……)

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