国母-2

 ミレリアの村は貧しい漁村だった。日々は細々と暮らせていけたが、突然の不漁ですべてが駄目になる。ある年の壊滅的な不漁で生活が立ちいかなくなった村の住民は、食わせていけない子供たちを流れの公演団に売った。誰も彼もが余裕のない時代、人が人を金で売り、人が人を金で買う。これはしばしば行われた。


…………

 

 ミレリア達を買った主人は、中年の女に言う。

「この子たちの面倒はお前が見ろ。ルシエラ」

 ルシエラと呼ばれた女は分かった、と言ってミレリア達を見下ろす。

「泣くんじゃないよ。何も持たない私たちみたいなのは、自分で何とかするしかないんだ」

 泣きじゃくるミレリアに、ルシエラは言った。

「ねえ、どうして誰も助けてくれないの?」

 幼きミレリアは、涙目で目の前の女に尋ねる。ルシエラは言った。


「みんな、私たちになんかには、興味なんてないのさ」


…………


 馬車の窓越しに見える風景。それは幼き頃の記憶を引き戻した。ミレリアは、思い出した。


「私が知らないわけがないだろう!」

 そう、ミレリアは知っていたはずだった。ただ、忘れていた。あまりにも長らく宮中にいた彼女は、完全に忘れていた。


 なぜ誰も言ってくれなかったのだ。

「お前たちは何も考えなくていい!」


 なぜ誰も何もできなかったのか。

「私がすべてを決める」


そうだ、これは全て、私の責任だ……


 人は罪を犯すとき、それが罪だと気が付いていない。終わってから、それが罪だと気が付くのだ。罪に気が付くのが早ければ、やり直すのは容易だろう。しかし気が付かずに罪を犯し続けると、それは自分の後ろに負債として残り続ける。そして、気が付いて振り返ったときに、それに直面することとなるのだ。積み上げられてきた罪、その濁流、



「罪悪感」


 ミレリアのそれは膨大なものだった。



 なぜ、どうして、あの時、もし……

 

 終わりの見えない罪の演算式。それはミレリアの思考リソースをすべて喰らい尽くす。ミレリアの全機能が停止した。表情が動かない。生存活動に必要な食事をとることすらおぼつかない。


 いっそのこと自死した方が楽なのかもしれない。罪に気が付かない振りをして、罪を犯し続けた方が楽なのかもしれない。

 しかしミレリアはそれをしなかった。彼女の自身に対する誇りが、それだけは許さなかった。ミレリアは濁流に耐え続けた。


 止まらない演算式の片隅で、ミレリアは自分がどうすればいいのかを、何とかして考える。


 思い出せ……どうすれば……思い出せ……


「ミレリア様、あなたはもっと外に出るべきです!」


 ミレリアは呟く。

「私は外に行かないと」

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