手を伸ばして 勇気を出して
フィステリアタナカ
手を伸ばして 勇気を出して
「
「ありがとう。頑張るね」
日差しが暑く感じられる六月の晴れの日。いつもと変わらない日常が教室の中にあった。そう、何も変わらない。机に肩肘を着いて窓の空を眺めれば、白い雲がただ漂っていた。
「今日の放課後さ――」
高校二年生になると彼女とかも欲しくなるわけで、まあ、この僕にできるはずないんだけど、彼女がいたらなぁとつい思ってしまう。周囲で明るく話しているクラスメイトは僕からすれば充実した高校生活を送っている、いわゆるリア充に見えるわけで、どこか僕は彼らに対し羨ましい気持ちがあるのだろう。
◇
「すまんな。手伝ってもらって」
「先生、大丈夫です。いつも暇なんで」
「そうか――気をつけて帰れよ」
その日の放課後は先生の手伝いをしたあと昇降口へ向かった。途中、体育館の傍を通り過ぎようとすると、クラスメイトの男子の声が聞こえてきた。僕は何故かそれが気になってしまい、声のした方へ行く。着いた先にはバレーボールの女子、坂上萌奈さんがクラスメイトの男子に告白されていて、僕は事の成り行きを見てしまった。
「返事は今じゃなくてもいいですか?」
「もちろん、でも、できれば早めで」
告白の返事を保留にした坂上さんは部活の練習の為、体育館の中へと消えていく。僕は何かマズいことをした気分になり、告白をしていた男子に視線を向けた。
「よっ、どうすんだ?」
「まあ、返事待ちだろ。仲良くなったから多分いける」
「じゃあ、写真頼むぞ」
「あぁ」
「それと――」
突然現れた別の男子が告白していた男子に声をかける。話の内容を聞くと、付き合ったらいかがわしい動画を撮って送るなど、僕からすれば衝撃の内容だった。僕は急いでスマホを取り出し、録音をし始める。彼らの会話の続きの内容はさらに酷いものに。これ、告白をOKしてしまったら坂上さんが大変なことになる。僕は彼らが言っていたことを保存し、坂上さんに聞いてもらうことにした。
「部活、何時に終わるんだろ――」
◇
『ありがとうございました。お疲れ様でした』
バレーボール部の部活が終わり、僕は坂上さんが出てくるのを待つ。時刻は夜八時。大会に向けて長時間の練習が欠かせないのだと思う。
「坂上さん!」
「ん?」
坂上さんが制服姿で体育館から出てきた。僕は暗い中、彼女に声をかけ近づく。
「ごめん今いい?」
「えーっと、クラスメイトだよね?」
「うん、クラスメイト」
とにかく録音したものを聴いてもらいたい。僕はスマホを取り出し、告白した彼とその友達が話している内容を彼女に聴かせた。
「――こんな感じのこと言ってた」
「そう……」
「じゃあ、僕はこれで――、坂上さん週末の試合頑張って」
僕は彼女と別れ、急いで帰宅をする。家族に帰りが遅くなったことをチクチク言われるだろうな。そんな気持ちもあったが、何か彼女の為に何かできたような気がして、僕の気分は穏やかだった。
◇
何も変わらない日常。授業も普通。少し蒸し暑く、僕は制服のシャツのボタンを外した。天井にある扇風機の風がこちらに流れて来ないか、そんなことを思いながらただ時間が過ぎていくのを待った。
「あー、そっか」
視界に入った坂上さんの姿を見て、僕は思った。「週末の試合頑張って」と言ったものの、言葉通り応援すべきじゃないかと。悩んでいるなら応援をしに行こう。僕は誰にも声をかけることができないが、聞き耳を立てて、バレーボール部の試合会場がどこにあるのかを探した。
◆
「ここだよな――」
僕は坂上さんを応援しに、バレーボール部の試合がある体育館に来た。もしかしたらこの時間「試合が既に終わっているかも」と、寝坊した自分に対し少し反省をする。試合が見られるといいんだけど。
『萌奈!』
体育館内では二試合が同時に行われていて、坂上さんも試合に出ていた。先輩から出されたボールを彼女はスパイクするが、得点には至らず、緊張感のある試合展開が繰り広げられていた。
『先輩ごめんなさい』
『ううん。切り替え切り替え』
試合中、坂上さんは何度も何度もスパイクをするが、一向に決まらない。次第に試合が劣勢になり、彼女から焦りを感じた。僕は彼女の練習風景を見たことは無いが、彼女がどこか縮こまっている様に見え、彼女が失敗が続き腕の振りが小さくなっているように思えた。
『萌奈、行った!』
確かこの試合は三年生の引退がかかっている試合だ。後輩としてのプレッシャー、上手く行かないスパイク。彼女は交代され俯いていた。「もっと練習でやってきたことを信じてやればいいのに」そんなことを僕は思ったが、実際試合に出ると精神的に追い詰められて出来なくなるのかもしれない。
僕は体育館の天井にあるライトを見て考える。「僕自身はどうなんだ?」あいつらはリア充だと決めつけ、自分で動こうとしていない。そう、はなから充実した学校生活を送ろうとはせず、ただ現状に甘んじてやり過ごしているのだ。現状を打破する勇気が無い。本当にそれでいいのか? 試合の勝ち筋を見つけること。僕は坂上さんが交代で試合に戻った時、周りに聞かれ恥ずかしい思いをするが、自分では今までで出したことも無い大声で叫んだ。
「坂上さーん! 頑張れ!」
拳を突き上げ、天井に向けて腕を伸ばす。僕が叫んだ後、坂上さんはこちらに気づき、驚いた表情を見せた。
「思いっきり頑張れー!」
恥ずかしい。恥ずかしいが、応援とは恥ずかしさを乗り越え、選手を支えることだ。僕はさらに背伸びをし、できる限り拳を高く掲げる。坂上さんはそれを見て、ふと微笑み、腰の前で小さく手を振った。
『萌奈!』
不思議なもので、僕が応援してからスパイクが決まり始まる。劣勢だった試合展開は遂には逆転し、彼女も本来の実力を取り戻したようだ。僕は躍動する彼女に
「勝った――」
試合は勝ち、相手チームの選手は泣いている。そう、いろいろな思いがあり、いろいろなストーリーが一人ひとりにある。努力をした結果が実らなかった相手チームの選手を見て、僕は「本当にこのままでいいのか?」自問自答した。僕は試合が終わったのを見届けて、体育館をあとにし家路に着いた。
◇
僕はあの日から坂上さんのことが気になり始めた。教室にいるときには、自然と彼女に目が行ってしまい、あの試合の姿と比較してしまう。楽しそうに話をしている坂上さんを見て、羨ましいと、どこか手の届かない存在の様に思えた。憧れ。心臓が熱くなり、僕はこの感情は何なのか薄っすらと気づいていた。
「またね、萌絵。部活頑張って」
「うん、またね」
坂上さんが告白を受けてから一週間が経つ。放課後、彼女は告白して来たクラスメイトの男子に声をかけ、彼と一緒にどこかへ向かった。告白を受けるのか――それとも断るのか。僕は気が気でなかった。おそらく告白を受けた場所で返事をするであろう。僕はその場所に向かって歩き出した。
◇
「ごめんなさい。わたし、好きな人がいるんで」
現場に着くと、ちょうど坂上さんが告白の断りをしていた。ホッとした反面「好きな人がいる」という言葉に僕はガツンと頭をやられた。好きな人がいる――そうだよな。坂上さんみたいに充実した学校生活を送っている人には、好きな人がいてもおかしくないものな。告白を断ってくれて嬉しいはずなのに、僕は肩を落としてその場を立ち去った。
「はぁ、何でだろうなぁ」
人が恋に落ちるのには理由はいらない。時間もいらないのだろう。僕はどうしたらいいんだろう。坂上さんとは仲が良いというわけでは無いし、告白したらドン引きすることは間違いないだろうし、僕は手相などわからないのに自分の手を見つめ続けた。
◆
「修学旅行の自由行動の班決めするぞ」
その日のホームルームは嫌だった。班を決めることなどボッチには難題極まりなく、早くこの時間が終わらないかと、窓の外を見ていた。ふと、坂上さんのいる方を見ると彼女と目が合う。視線はすぐに外れ、僕はどこか期待めいたものが流れ去っていった。坂上さんと一緒の時間を過ごしたい。そんな思いだ。
「俺らの班に入らね?」
僕は運良く数合わせで自由行動の班に入ることができた。他力本願。こんな自分で本当にいいのだろうか? いや違うな。人生ずっと頼ってばかりではダメだ。そう、僕自身が一皮むける必要があった。どこか勇気をもって人と関わること。当たり前なことかもしれないけど、それが大事なことなのだ。
「ふぅ、帰るか」
勇気か――。告白することも勇気だよな。いや、この場合勇気と言わずに無謀と言うべきなのだろう。また坂上さんが誰かに告白されることを思うとどこか苦しい。誰かと付き合うかもしれない。手が届かない存在に、僕はどうやったら手が届くのか、そんなことを考えていた。そしていつの間にか気がつくと僕の足は体育館へと向かっていた。
「練習しているよな?」
僕は体育館の外からバレーボール部の練習の様子を何となく見ていた。ただの部外者。ただのぼっち。この場にいることが不釣り合いの様に思えた。僕がぼーっとそんなことを考えていると、バレーボールが体育館の外へ転がり落ち、中から坂上さんの姿が現れた。急なことに僕は緊張し、背筋が伸び、彼女は僕を見て微笑む。僕はその笑顔を見て、居ても立っても居られず、彼女に手を差し出した。
「坂上さん! 好きです。付き合ってください!」
イタイ。痛すぎるだろ自分。友達でも何でもない彼女に告白し、彼女は僕の言葉に返事をした。
「今、部活中だから返事は後でもいい?」
返事は後でもいいと言われたのに、僕はもうフラれた気分になった。そうだよね。部活の邪魔をしたし――仕方が無い。僕はカバンを持ち上げ、とぼとぼと家へ帰った。
勇気。こんな僕でも勇気があることに気がついた。焦りから押し出されたものかもしれないが、僕の人生にとって大きな出来事だろう。「坂上さんの好きな人は誰だろう?」あるはずもない自分の可能性を夢見て、その日は眠りについた。
◆
「ちょっといいかな?」
告白した翌日の朝。ホームルームが終わり、僕は坂上さんに声をかけられる。告白の返事だということがわかり、僕は手も顔も心臓も血液が回って熱くなっている感覚に襲われた。教室を出て廊下へ。廊下から階段を登る。そして階段の踊り場に着いて、彼女は僕に向かって告白の返事をした。
「わたし、部活動で時間が取れないけど――」
息が詰まる。時間がまるで止っているかの様に僕は感じた。
「わたしでよければ、よろしくお願いします」
いつ彼女は僕のことを好きになってくれたのだろう。わからないが、もしかするとあの応援に行った日なのかもしれない。僕はあの日と同じように拳を天に突きあげ、嬉しさと安心感に満たされた。
いつもと変わらない教室の風景。今日も僕は教室では誰とも喋らない。僕は放課後、体育館へ向かい階段を登り二階へ。そこからバレーボール部の練習風景を見る。コートの中で手を伸ばし躍動する彼女の姿は
手を伸ばして 勇気を出して フィステリアタナカ @info_dhalsim
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