顔よりイケメン

ちわみろく

第1話 叶わぬ恋。

 彼の手が好きなのだ。

 手首の辺りから指の先まで、細めで骨ばっているのが好ましい。

 肌色は白く、血管が浮き出て見えるくらい。

 細いので節くれだっているようにも見えるが、やっぱり綺麗なのだ。

 そして、硬そうに見えるのに、柔らかくて気持ちがいい。肌触りは絹よりもなめらかだ。


 彼の顔は普通だと思う。友人に尋ねれば十中八九、『優しそうな人だね』と言ってくれる。だが、『カッコいいね、イケメンだね。』と言われたことは一度もない。だから美形なわけではないのだろう。

 でも、顔は、正直そんなに気にならない。かなりどうでもいい。大事なのは手。

 私は近眼なので、よほど近くまで顔を寄せないと相手の顔の造作はよくわからない。普段は基本的には裸眼である。必要なときだけ眼鏡をかける。だから、遠くから知り合いに声を掛けられた時は、所作や声で判断する。


「お待たせしました、どうぞ。モカのホットです。」


 彼がコーヒーを入れている手付き。私の視線はそれに釘付けだ。

 ちょうどマジシャンの手の動きが見せる手付きであるのと同様に、私にとって彼が手を動かしている時間はショーのようなものだ。

 眼鏡を掛けてガン見する。

 自分の眼の前にコーヒーカップが置かれるまで、カップから彼の指が離れるまで、名残惜しくたっぷりと見つめる。

 カウンターの向こうでニッコリと笑う彼のことが大好きだ。柔和な顔つきに柔らかそうな髪。ちょっとだけ後退してるような気がする額のラインを、余り気にしているようには見えない。白いシャツにサロンエプロンが小柄な身体にとても似合っている。


「ありがとうございます。うん、いい香り。」

「冷めないうちに召し上がれ。」


 彼はレトロな喫茶店の経営者。朝の11時から夜の10時まで営業するこのお店でいつも働いている。私は週に三回はここへ通って、彼の手付きに見とれるのが楽しみだ。他のお客のために料理をしたり、お茶を淹れている彼の手は、私の癒やしである。他のお客のためなのが悔しいが。


「いらっしゃいませ。いつもありがとうございます。」


 奥からカウンターへ入ってきた女性が、常連客の私の姿を認めて愛想よく声をかける。彼と同じ、白シャツにサロンエプロン。制服みたいなものなのだろう。


「あの、今日はフルーツパフェ、有りますか?」


 私は軽く彼女に会釈してから、おもむろに尋ねた。

 すると、彼女は店長である彼の方を見る。彼は頷いた。


「はい。出来ますよ。」

「じゃあ一つお願いします。こないだ来た時は品切れだったんで。」

「ああ〜、先週末はそうでしたね。あの日はお子様のお客が多かったんですよ。」

「だからか〜。あの日、ケーキも二種類しか残って無くて。」

「ええ、ええ。申し訳ありませんでしたね。」


 やり取りの後、彼女は別のテーブルのお客さんへ注文を取りに言ってしまう。

 彼が、カウンターの壁に備え付けられた食器棚から、パフェ用の器を一つ取り出した。ゆっくりと、丁寧に。まるで、指紋を付けないように気を使っているみたいだ。

 私は期待に胸を膨らませた。彼の包丁使いが見られる。果物を切る手付きが見られるのだ。

 思わずため息が出てしまう。

 美しく飾り切りされていく果物。あざやかにホイップされたクリーム。どの所作も丁寧で綺麗で優雅でたまらない。茶色のフレークをスプーンで掬って容器に入れるのさえ、無限の愛情が籠もっているように思えてならない。


 彼の手付きを見ていると、妄想も膨らんでしまう。

 朝はあの手でブラシを使って髪を整えるのかな。

 あの手で顔を洗うのかな。

 朝食もあの手を使って食べているんだろう。ご飯派?パン党?どっちにしても美しい動作に違いない。

 夜はあの手でパジャマに着替えるのだろうか。

 あの手を使ってお風呂で身体を洗うのだろうな。

 もちろん、お尻だって拭くに違いない。でも、彼の手なら全然汚いとか思わない。


「お待たせしました、フルーツパフェです。」

「わあ、ありがとう。いつも思うけど本当に綺麗。写真、いいですか?」

「どうぞ。」

「やったぁ!」


 給仕に手慣れている彼でも、少し重心が高いパフェの器を置くのは、コーヒーカップ以上に慎重になる。でも、それがありがたい。パフェの写真と撮るふりをして、画面に入り込んだ彼の右手もしっかりズームで撮影出来る。私のスマホの中には、彼の手の写真がいっぱいだ。そろそろ別のメディアに移さなければ。

 気が済むまで写真を撮ると、私はスマホをハンドバッグにしまった。

 美味しそうなパフェに向き合うと、柄の長いスプーンをクリームの中へ沈め、そっと掬い上げる。分離する手前くらいだろうか、固めに泡立てられた生クリーム。色鮮やかなフルーツソースを引き立てる。クリームとソースのバランスが良くて、果物は綺麗で酸味も強くない。吟味して選んでいるんだろうな。鳥の羽のように切りそろえられている林檎、扇のようなオレンジ、まるで大きな瞳みたいなキウイフルーツ。

 こんな綺麗なものを簡単に作ってしまう。あの手。綺麗なものが綺麗なものを作り出している。


 フルーツパフェを頂いている間も、私の目はちらちらと彼の手を追う。カウンターの中にいても、彼の手はほとんど休まない。何かしらの作業に従事している。彼はホールへ出ることは少なく、テーブルへの給仕はほとんどしないから、私もカウンター席にしか座らない。

 甘いものを食べながら、甘い妄想に浸る。

 あの手で紅茶も入れるのだろう。煎茶なんかもいれるのだろうな。料理は何が好きなのだろうか、やはり洋食派?案外、お寿司なんか好きだったりしたら、さらに素敵だ。彼の手が握ったお寿司、絶対に食べてみたい。

 彼の手が触れる可能性をとことん妄想の中で探っていると、最後は必ずたどり着いていまう境地は。

 もしも恋人になれたら、どんなふうにあの手が触れてくれるんだろう。

 手をつないだり、肩や腰を抱いたり、髪を撫でたり。

 それを考えただけで、沸騰しそうになる。

 四六時中、傍らにいて、常に接しているような関係になれたら。あの手はいつだって私のものだ。望むままに触ったり弄ったり愛でたり出来るのだ。

 深い関係になったら、あの手はどんなふうに身体に触れるのだろうか。あの手が自分の肌に触れることとを妄想すると、我知らず体温が上がってしまう。






「カフェモカとフルーツパフェですね、1890円になります。」


 会計をしてくれるのも彼だった。レジはカウンターの端にある。


「ごちそうさまでした。」


 札をそっとトレイの上にのせれば、彼の手がそれを引取り、お釣りをそこへのせてくれる。

 一瞬、彼の指が私の手に触れた。レシートを出した彼の手が、それを受け取ろうとした私の手に触れたのだ。


「あ、と失礼しました。」

「大丈夫ですよ。」


 この店を知ったばかりの最初の頃は、カード決済やキャッシュレス決済で支払っていたけど、今は現金支払い一択である。お釣りやレシートを受け取る時に、稀に、彼の手に触れることが出来るからだ。微々たるポイントを手に入れるより、彼の手を愛でたい私。

 

「ありがとうございました。」


 軽く一礼をして挨拶を返すと、彼が軽く左手を振ってくれた。

 思わず顔がにやけてしまう。今日はその手でバイバイしてくれた!

 喫茶店のドアを抜けて、私は帰途につく。しがない独身事務員の住む小さな部屋まで徒歩20分だ。掛けていた眼鏡をはずし、メガネケースにしまう。私が仕事以外で鮮明に見たいものは、この世の中に彼の手しかない。


「でも出来たら、右手でバイバイして欲しかったな……。」


 大好きな彼の手で唯一、認めたくないのは。

 彼の左手の薬指には結婚指輪と思われるプラチナのリングがはめられていること。


 それでもいい。

 私は彼の手に恋をしている。あの手が永遠に私のものにならないことはわかっていても。

 週に三回、あの手を眺めていられるだけで、私は幸せなのだ。



 



 

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