第10話 異常として

朝の気配が、箱の外に満ちていく。


人の動く音。

器が触れ合う音。

生活の音。


冷房の箱の中で、

ペルは、じっと息を潜めていた。


(……来る……)


昨日の言葉。


「明日、誰かに聞いてみる」


あれは、予告だった。


箱の外で、

少女ともう一人の気配がする。


「……だから……

 音がしたの……

 キィン、って……」


大人の声。

低く、落ち着いている。


「氷が……音を……?」


(……やっぱ……

 信じねぇよな……)


布が擦れる音。

誰かが、箱に近づく。


「……これが……?」


蓋が、ゆっくりと開く。


光。


だが今度は、

ペルは慌てなかった。


(……落ち着け……

 抑えろ……

 でも……消えるな……)


《凍理:抑制・維持並行》

《負荷:高》


(きつ……)


「……普通の氷だな……」


大人の声が、続く。


「……だが……

 妙に……澄みすぎている……」


(やめろ……

 観察すんな……)


大人の指が、

箱の縁に触れる。


その瞬間。


――キン。


ごく、ごく小さな音。


(……っ!)


《凍理:微弱反応》


少女が、息を呑む。


「……今……

 鳴った……」


沈黙。


空気が、張りつめる。


大人は、しばらく黙ってから、

静かに言った。


「……確かに……

 ただの氷ではないな……」


(……確定……)


終わった。

隠れられない。


だが――

次の言葉は、予想と違った。


「……恐らく……

 古い術式の残滓か……

 自然霊の欠片……」


(……は?

 俺……

 氷の幽霊扱い……?)


少女が、少し安心したように言う。


「……じゃあ……

 危なくない……?」


「……分からん……

 だが……

 すぐ壊すものでもない……」


(壊す候補には入ってんのかよ……)


大人は、箱を閉じる。


「……しばらく……

 様子を見よう……」


足音が、遠ざかる。


少女は、最後に箱に近づき、

小さく囁いた。


「……大丈夫……

 すぐ……

 なくならせたり……しない……」


(……ありがとう……)


《凍理:存在安定》

《外部認識:成立》


もう、

誰にも知られずに

静かに溶ける未来はない。


冷は――

いや、ペルは、


“異常”として、世界に認識された。


それは、

生存の危機であり、

同時に――


物語の始まりだった。

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氷は冒険者になれなかった ――負価を抱いたまま、世界は進む タカラノ @Takarano2026

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