天使
青蛸
天使
「天使……ですか?」
村長を名乗るお爺ちゃんは、にっこりと微笑みながら頷く。
僕は手のひらサイズのメモ帳にペンを走らせた。
村長は続ける。
「古くからの風習でね、かれこれ百年以上は続いていますねぇ」
「歴史の長い風習なんですね」
「えぇ、病から村を救う為に祀り始めて、それ以来大きな流行病はこの村では流行りませんでした。まさに天使様のおかげですよ」
なるほど。
僕はメモ帳に視線を落としながら、「病から救う為、天使を信仰し始めた」と書き込む。
風習としてはごく普通のものだ。
「えーと、天使様ってどんな感じで祀っているのかって見せてもらったり……」
「すみません、よその者には見せてはいけないという決まりでしてね」
「いえいえ、とんでもない」
残念な気持ちを押し殺した。
すると突然、村長が閃いたような顔をしてこちらを見た。
「そうだ、明日にちょうど十年に一度のお祭りがあるんですよ。貴方は研究熱心なようですし、いろいろと決まりはありますが、是非参加しませんか?」
「ちなみにどのような決まりが?」
「夕食はお肉とお酒の禁止、晩から白装束、えーと、あと、夜明け前はお祭り会場には行ってはいけない、という決まりがありましてね。そうですねぇ、特別参加になるので貴方は天使様は見ない、というお約束もさせていただきますが」
「是非っ、参加させてください」
僕は予想外の提案に即答で受け入れた。
村長はにっこりと微笑みながら宿の手配をしてくれた。
行く先々の村では追い返されていたので、少し安心した。
「では、そこの道を行って突き当たりです。」
村長は宿に行く途中まで道案内してくれた。
「くれぐれもお祭りで天使様を見ないように」
最後に忠告をして去っていった。
正直、してはいけないと言われると余計好奇心が湧く。
だが、貴重なお話をここで手放す訳にはいかないと天使を見に行くのは思い留まった。
宿には、若い夫婦と小学生低学年ほどの少女がいた。
最初に出迎えてくれた少女の笑顔が旅の疲れを癒してくれた。
「お兄ちゃんはどうしてここに来たの?」
「大学のお勉強のためだよ」
宿とは言っても、ほとんど民家の客間に泊まらせてもらうような感じで、夕食は同じテーブルを囲った。
「そういえば、明日お祭りにいらっしゃるそうですね」
「あぁ、はい。すみません、村のお祭りによそ者が」
「いえいえ気にしませんよ、ただ……天使様は絶対に見ちゃいけないですよ」
奥さんは真面目な顔をした。
「そういえば、過去に見ちゃった人はいるんですか?」
「えぇ、六年くらい前ですね。ある旅人がこの村に泊まったんですけど、忠告を無視して天使様を見てしまったんです。天使様は尊い姿をされているんですが、その方は発狂してしまいましてね」
「そ、それで?」
「その方は無惨な姿で見つかりました……」
僕は言葉を失う。
夕食で話す内容ではない。
僕は急いで話を変えて、大学の生活など語った。
夕食が終わり、少しだけ少女と遊ぶことになった。
奥さんと主人は台所で後片付けをしていた。
積み木で遊んでいる時、突然少女が話しかけてきた。
「ねぇお兄ちゃん、私をお祭りに連れてって」
「ん?連れてってもらえないの?」
「うん。私はもう行けないって」
「わかった、じゃあ明日内緒でちょっとだけ一緒に行くか!約束しよう」
少女は満面の笑顔を浮かべて指切りをした。
笑顔の時の笑窪が可愛らしい。
僕は少女の頭をそっと撫でた。
翌日、客間からリビングに行くと朝食が用意されていた。
食器は三人分しかない。
いつもと違うから間違えたのかな、と思い、奥さんに告げた。
「あ、僕外で食べますよ」
「いえいえ、遠慮なさらず」
奥さんは首を傾げながら、いつも通りだというようにテーブルへと手招きする。
テーブルには主人も座っていた。
「あれ、でも――ちゃんの分が……」
「あぁ、――はもう会場に向かったので大丈夫ですよ」
奥さんは少女と同じ笑窪を作りながら答えた。
天使 青蛸 @aotako
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