第2話


 前世の記憶がよみがえったのは、避暑地を訪れていたときのことだった。

 一人こっそり、ロザリンドが川辺で涼を得ていたとき、うっかり足を滑らせて頭を石に打ち付けてしまった。

 打ち所が悪かったのか、そのまま帰らぬ人になりかけた――ところで、彼女と入れ替わるように「私」が目を覚ました。


 周りの反応と鏡をみたときは、驚いて、もう一回、死ぬかと思った。

 だってまさか、ゲームのキャラに転生してるなんて、夢どころか天国かと思ったからだ。

 彼女は、自分が死ぬ直前までやっていた、乙女ゲームの悪役令嬢。そして――最推しのイリアス様の婚約者だ。


「つまり……イリアス様と結婚できる、ってこと?」


 最推しがいる世界に転生、万歳。

 こうしちゃいられない、即、イリアス様に会いに行こう。


 けれど――すぐに気づいてしまったのだ。


 もう、この「ロザリンド」は関係修復が不可能なところまで来ていることに。


「今って、学園生活2年目じゃん……」


 暦を見て、私は絶望した。


 『ファタリテの魔法学園』――通称ファタ学。

 プレイヤーは、3年間の学園生活のなかで育成とイベント回収に励む、王道の乙女ゲーム。だけど、シナリオの破壊力で界隈を震撼させた名作だ。


 ロザリンドは、主人公を追い詰める絶対的な悪役令嬢。

 メインヒーローのイリアス様と仲良くなるにつれて、嫉妬が激化。いじめがエスカレートしていき、最終的には闇落ちして、主人公の命を狙う。他のルートでも、行きつく先は変わらないという不憫なキャラ。


 学園2年目の今は、共通ルートの「いじめイベント」がピークを迎える頃だ。

 彼女は、侯爵令嬢という権威を振りかざして、主人公を学園から追放しようと画策する。それを好感度の高いキャラと打破することで、トゥルーエンドへと繋げていく。仮に目標値まで到達していなくても、ハッピーエンドは用意されているから、問題ない。


(このイベントの時の、イリアス様がハチャメチャにカッコいいんだよなぁ……)


 あのときの言葉が、今もずっと私の支えになっている。


 イリアス・テュフォン・アルビオス。

 国の第一王子で、彼の爽やかさを演出するようなエメラルドグリーンの短髪。普段はオールバックなんだけど、前髪を下したときや王子様風に横に流すだけで雰囲気が変わり、二度も三度も美味しい。

 切れ長の黄金の瞳に少し厚めの唇は、まさに王者の風格。筋の通った鼻立ちと、引き締まった精悍な顔は、ヒーローそのものだ。

 

 そう、イリアス様は『王子様』というより『英雄』のほうがピッタリと当てはまる。

 

 王子様である彼が、なぜ魔法学園に入学しているのか。これにはちょっと重い理由がある。

 アルビオス王家は呪われていて、母親は男児を生むとすぐに死ぬ呪いにかかっているのだ。

 王妃という最高の地位と同時に生贄でもあるという、残酷な話。

 イリアス様は、そのことを気にかけて、解呪方法をずっと探していた。そして、魔法で解決しようと考え、行動したのだ。王宮の魔法使いたちに一任できるのに、自ら学び、奔走する姿に心打たれた。


 主人公は、母親のような大魔法使いになるために入学した。健気にひたむきに努力して、いじめにも屈せず、頑張っている。そんな姿を自分と重ね合わせて、いつしか、心を許すようになっていく。だから、ロザリンドの行動が許せなくて、婚約破棄を告げるのだ。


 好きな人のためとはいえ、プレイヤー自身はパラメーターをバランスよく上げる必要もあるし、イベントもこなさなくてはならない。すると、自然と思い入れも強くなる。

 頑張ったら、頑張った分だけ、彼が褒めてくれる、助けてくれる、好きになってくれる。

 あっという間に、虜になってしまった。


 現実世界は、頑張っても報われない。

 上司には怒鳴られ、理不尽な問題を投げられ、人格否定までされる。

 身体も心も動かなくなってしまった。


『正しいと信じられるなら、お前はお前を見失わない』


 イリアス様が主人公を力強く抱きしめて言う台詞。

 このシーンにたどり着いたとき、ようやく光が差し込んだ。


 そして――『私』の人生を全て彼に捧げようと誓った。


「問題は、私が追放計画を立案しなきゃいけないってところよね……」


 私のことを救ってくれた台詞を生で聞いてみたい。

 けれど、そのためには“悪役令嬢ロザリンド”が必要なのだ。

 

 もしも私――ロザリンドがシナリオを書き換えてしまったら。あのセリフは消えてしまう。

 それは、私が恋した理由を殺すのと同義だ。


「嫌だけど……イリアス様に嫌われるなんて、死んでも嫌だけど」


 大好きな人の未来を、私の欲で捻じ曲げるなんて、絶対にできない。

 ロザリンドと結ばれるエンディングなんて、一番、耐えられない。そんなの解釈の不一致で死にたくなる。

 だったら、彼に嫌われる“悪女”になろう。英雄のための『悪』になる。


 それに、ロザリンドが手を下さなくても、取り巻きは勝手にやるだろうし、イリアス様のヘイトも相当たまっているはずだ。釘を刺してくるかもしれない。


「そうしたら――どうしようかな」


 そもそも、追放計画イベントはトゥルーエンド用だ。無理に立てなくてもいいのかもしれない。

 あの台詞を主人公は聞くことはできないけれど、これくらいは許してほしい。

 だって、私はもう“悪役令嬢”なのだから。

 そうじゃないと、私の恋は報われない。

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