第6話 寛永寺涼泉院

 涼泉院りょうせんいんは、寛永寺の広大な境内の一画、若葉の桜並木が続く静かな場所にあった。寛永寺の塔頭たっちゅう、つまり子院のひとつだ。宗派は天台宗。山門を入ると小さな庭と池があり、池には涼やかな水が湧いてる。これが涼泉院の名前の由来になっていた。


 案内を乞うと、玄海という初老の和尚が本堂の奥から出てきた。墨染すみぞめ直綴じきとつを身につけている。前を合わせて帯で締める僧衣だ。


 お蘭が俺を「お上の御用で、ご浪人さまが殺された件を調べに来られた村越源四郎さまです」と紹介した。玄海は特に怪しみもせず、俺に「ご苦労様です」と礼をした。俺は黙って頭を下げた。


 お蘭が玄海に重ねて言った。


 「さっそくですが・・ご浪人さまが殺された現場を見せていただけませんか?」


 玄海が今度はお蘭に頭を下げた。


 「分かりました」


 玄海が横の庫裏くりに声を掛けた。


 「久助きゅうすけ。わしらに提灯を持って来ておくれ」


 庫裏から「へ~い」と返事が聞こえた。


 少しすると、庫裏の戸が開いて、寺男が灯の付いた提灯を四つ持ってきた。俺たちと玄海に提灯を渡すと、自分も一つ持った。玄海が山門の方へ歩き出した。


 「こちらへ」


 俺とお蘭、それに久助と呼ばれた寺男が提灯を手に後に続く。辺りはすっかり暗くなっている。


 山門を出て白壁に沿って少し歩くと、玄海が立ち止まった。玄海が提灯で地面を照らした。


 「ここが・・柳田銀ノ進さまが殺された場所です」


 さすがに、もう死体は片づけてあった。地面には何の痕跡もない。俺は玄海に聞いた。江戸で・・俺はお蘭以外の人間と初めて会話を交わした。俺の声が震えた。令和の言葉のようになった。


 「壁から手が出るというのも・・この場所なんですか?」


 「そうです」


 そう言うと、玄海は持っている提灯を横の桜の木に引っ掛けた。そして、白壁の方を向いた。提灯の灯りが白壁をオレンジ色に染めている。


 玄海が壁を見ながら言った。


 「手は・・いろんなところから出るんじゃ」


 白壁から・・何かが伸びてきた。


 俺は眼を凝らした。


 それは・・手だった!


 一本の手が白壁から出てきた。大きく手のひらを広げると・・玄海の横にいた久助の首を掴んだ。そのまま、締め付ける。久助が提灯を落とした。久助の顔が苦悶にゆがんだ。


 俺は・・恐怖で動けない。呪縛にあったように身体が動かないのだ。


 お蘭が叫んだ。


 「源四郎さん。刀です」


 その声で俺の呪縛が解けた。咄嗟に提灯を投げ捨てると・・腰の大刀を抜いた。両手でつかを持った。ズシリという重さが手に伝わってくる。俺の両手が震えた。こんな時に、俺の腹がグゥと鳴った。空腹で力が入らない。


 久助の口から泡が出た。お蘭が大きな声を上げた。


 「斬って! 早く!」


 俺はお蘭の声に導かれるように・・刀を頭上に持ち上げた。そのまま・・手に向かって、勢いよく振り下ろした。

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