第5話 浅草新道

 俺とお蘭は日本橋呉服町新道の呉服問屋、永禄屋を出た。外は初夏だった。時刻はとりこくぐらいだろう。俺がいた令和で言うと・・午後6時ごろだ。まだ明るい。しかし、あと半刻はんときもしたら日没だ。


 俺たちは歩いて、日本橋北詰から本石町の問屋街を通り、浅草新道へ出た。大八車、人足、商人が行き交う活気ある通りだ。両替商の横に人足が十人ほどたむろしていた。空の大八車を二台横に置いている。荷運び仕事が終わったところのようだ。


 人足たちはみんな、日焼けした筋肉質の身体に薄汚れた褌を絞めて、擦り切れた木綿の着流しをひっかけている。その中の、顔に大きな刀傷のある親分格の男が、お蘭に卑猥な声を掛けた。


 「おう、姐さん。どこに行くんでぇ? そんな華奢な足じゃ歩きにくかろう。俺の棍棒を貸してやるぜ。これを持って杖に使いな」


 そう言うと、着流しの前を開けて汚い褌をお蘭に突き出した。褌の前がこんもりと膨らんでいる。男が腰を揺すって、ゲラゲラと下品に笑った。


 お蘭は、あかんべえをするように男に言った。


 「おあいにく様だね。お前さんの細くて小さい棒じゃあ、杖になんかなるもんかい。そこの角打かくうちで爪楊枝にでも使ってもらいな」


 角打かくうちとは、江戸の安価な立ち飲み酒屋だ。お蘭の言葉に、男の周りの人足たちがどっと笑った。


 お蘭のおキャンな返答に・・俺は呆然として言葉もなかった。さすが、江戸の支部長だ。睡眠学習で即席の江戸知識を頭に入れただけの俺では、とても現地人とこういうやり取りはできない。


 俺たちは浅草寺の裏手を抜けて、下谷したやへ入った。寺院が増え、僧侶や寺子屋の子どもたちが行き交っている。下谷で陽が落ちた。下谷を過ぎると、もう上野だ。ここまで、半刻はんときほどの道のりだった。令和の単位なら1時間だ。俺は汗をかいていたが、さすがに歩き慣れているお蘭は平然としている。


 俺たちは杉の香りが濃い上野の山の石段を登った。


 寛永寺が姿を現した。


 俺たちが広い境内に進んだときだ。寛永寺の暮れ六つの鐘が・・残照が残る空に響き渡った。


 約50年前、生類哀れみの令が出された貞亨ていきょう4年(1687)に、芭蕉が「花の雲 鐘は上野か 浅草か」と詠んだ有名な寛永寺の時の鐘だ。

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