第2話 東京・令和8年(2026)

 ラジオの時報が正午を告げた。昼のニュースが始まった。男性アナウンサーが外国首脳の来日について話し始めた。


 俺は大きく背伸びをした。旧型の旋盤が故障して、今日は朝からその修理だ。仕事になんかなりゃしない。


 大将が旋盤を覗き込んだ。軽くレバーを操作する。


 「お~、ようやく直ったな。源、ご苦労さん」


 俺は村越源四郎。時代劇に出てくるような名前だが・・平成生まれの25才。独身だ。旋盤工をしている。大将というのは田中亀次。ここ『田中鉄工所』の社長だ。社長といっても、社員は・・俺だけ。ここは大将と俺の二人だけの零細町工場なのだ。


 俺は油にまみれた軍手を外しながら、大将に言った。


 「大将。この旋盤はもうだめだ。新しいのを入れてくんねえか?」


 大将が激しく首を振った。


 「馬鹿野郎。どこにそんな金があるんでぇ」


 俺は頭をかいた。


 「ちげえねえ。そりゃそうだ」


 大将の言うとおりだ。東京の下町にある、こんなチンケな旋盤屋せんばんやにそんな金があるはずがない。


 俺は壁際に行って、水道の蛇口をひねった。古いステンレスのシンクに、水が落ちて大きな音を立てた。針金を使って壁に止めてあるだけの水道管が大きく揺れた。俺は粉石鹸を付けて、手を洗い始めた。


 すると、開けっ放しの工場の入口から大きな声が響いた。


 「福来軒です。ラーメン3つ、お持ちしましたぁ」


 福来軒は近所の中華料理屋だ。福来軒の兄ちゃんが岡持ちを持って立っていた。確か今年20才で、幸一とか言った。幸一が岡持ちからラーメンを3つ出して、横の机の上に置いた。古い木の机には旧型のパソコンが1台置いてあるだけだ。


 奥から女将さんが出てきた。田中千賀子、大将の細君だ。


 「こうちゃん。ご苦労さん。お代はここに置くよ」


 「毎度ありぃ」


 幸一が金を仕舞って、出て行こうとする。大将が机の椅子に座ると、ラーメンの丼を手にした。


 「おい、こう。おめえんとこのチャーシュー、最近小さくなってねえか?」


 幸一は肩をすくめると、苦笑いを浮かべた。


 「社長。そんなこと、俺、知りませんよ。俺は出前だけなんで・・」


 大将が何か言いかけたが、幸一はさっさと背を向けた。


 「じゃあ、俺、忙しんで。これで・・」


 幸一が逃げるようにして自転車で消えた。大将が大きく舌打ちをした。


 「チェッ。まったく、近頃のわけぇやつは・・」


 そのとき、工場の中にドレミの歌の音楽が鳴り響いた。パソコンからだ。女将さんがパソコンを操作した。


 大将がラーメンを頬張りながら聞いた。


 「どこからだい?」


 女将さんが答える。


 「江戸・・BGX258支部からだよ。こりゃ、緊急事態の支援要請だね・・」


 大将がパソコンを覗き込んだ。それから、油にまみれた汚いタオルで手を拭いている俺を見た。


 「源。すぐに行ってくんな」


 俺は肩をすくめた。


 「大将。俺、ラーメン、食ってねえよ」


 大将が俺を怒鳴りつけた。


 「馬鹿野郎。代わりに俺が食っといてやらあ」


 女将さんが顔の前で手を合わせた。


 「源ちゃん。緊急だからさ・・ごめんよ。今夜うちで、すき焼きすっからさ。食べにおいでよ」


 俺は工場の近くのボロアパートで独り暮らしだ。すき焼きと聞いて、俺の腹の虫がグゥと鳴った。俺はタオルを壁に掛けると、工場の奥に歩いた。


 「仕方ねえな。女将さん、すき焼き、頼んますよ」


 大将の声が俺の背中に響いた。


 「源。江戸のBGX258支部だ。向こうの支部長によろしく言ってくんな。あそこの支部長は・・確か別嬪べっぴんわけえ娘だったな。別嬪だからって・・源、羽目を外すんじゃねえぞ」


 俺は振り向かず、軽く手をあげて大将に応えた。


 俺は工場の一番奥の汚い木のドアに手を掛けた。滅多に開けないドアだ。引っ張ると、ギギーと嫌な音を立ててドアがきしんだ。


 中に入った。ドアを閉めるときに・・大将の声が聞こえた。


 「福来軒のチャーシューはてえな。奥歯に挟まってとれねえや」


 俺はドアを閉めると、明かりをつけた。人一人立っているのがやっとという狭い部屋だ。壁を操作すると・・パネルが出てきた。江戸、BGX258と入力して、スタートのボタンに手を掛けた。


 いつも緊張する一瞬だ。俺は大きく深呼吸をした。


 この部屋は時空間瞬間転移装置・・平たく言うと、タイムマシンになっている。 

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