第4話 「愚か者」

 上層にいく度、赤黒かった壁の色は段々と錆色になっていく。

 温度や湿度も下がり、特有の体のダルさはフィン達から抜けていた。

 フィンはコボルトの間合いに入った途端、回転。

 低い姿勢を取り、逆手持ちの短剣を振り切る。

 かすったものの、決定打にならない。

 ここで足を止めてはいけない。

 フィンが相手をしているのはコボルト3体。

 真横に向かって地を蹴る。

 不意を突いてきたコボルトBが空振りをし、体に見合わない長剣が地面に刺さった。


「やっぱりコボルト3体相手に一人でやらせるのは危ないよ」


 魔術師の女シエラが心配そうに言った。


「大丈夫だ、問題ない」


 グロムの声音はより不安を煽った。

 一人対複数の戦い方も教えたが、ルークの死が頭を過ぎり、ハッキリと返事をすることができなかった。


「ほ、本当に大丈夫なの?!」

「大丈夫だ」


 できるだけ不安を隠して答えるグロムに本当にそれでいいの?と問いかけるような眼差しを向ける。

 シエラとしては、『危なくなったら助ける』ができない。

 魔術を撃つには詠唱が必要で、助太刀を決意してもフィンの命を守るには間に合わない。


「バッカス、入ってあげて」

「分かった」


 バッカスは背負っていた荷物を下ろし、盾と剣を構え始める。


「まだだめだ」


 グロムは腕でバッカスを止める。


「大丈夫だ」


 今度の声音は誰も不安にさせなかった。

 グロムはフィンの俊敏な動きを見て、確信した。

 勝てると。


 フィンは長剣持ちのコボルトBの斬撃を短剣で受け流し、窮屈に長剣で魔石を貫く。

 コボルトBの灰と化すその瞬間に、灰を掻い潜って現れるコボルトCの短剣による突き攻撃。

 目視するや否や細い腕を側面から切断。

 痛みで悶え苦しむコボルトCをピン留めし、コボルトAに刃を向け、首を落とす。

 最後に冷静にコボルトCを斬る。

 コボルトA、Cが灰になる様子を確認するとついにフィンは脱力した。


「フィン、闘値(とうち)はいくつだ?」

「冒険者登録する時以来測っていませんけど……」

「じゃあそれでいい」


 闘値とは、冒険者の力や能力を数値化したものである。

 冒険者登録をした当初の平均は80前後である。


「92です」

「高めだな」

「……はい」


 冒険者になったばかりでも、運動神経や魔力に長けていると高めの数値を出す。


「フィンは魔力量が多いのか?」

「いいえ0です」


 グロムは探っていた。

 フィンを強くするために深く知っておく必要がある。

 魔力量がないのなら、元々運動神経が良いのだと結論付けた。




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 第一階層到着。

 5人は出入り口があるであろう場所を見渡し、唖然とした。

 人がいなかったのだ。

 10時間近く放置していたのだから、移動することは不自然ではないが、道中で遭遇しなかったのにいないのはおかしい。

 

「帰ったのでしょうか」


 ノエルは小首を傾げる。


「そんなはずないでしょ」


 シエラがツッコミを入れる。


「食料無駄になるかもしれんな」

「俺に持たせておいて無駄にすんな」

「付いて来るってうるさかったから役目をあげたんだろ?」

「なんで偉そうなんだよ」


 バッカスがため息をこぼし、大量の食料の入ったバックパックを下ろす。


「まじどこに行ったんだよ」

「魔物に襲われたんじゃねぇのか?」


 バッカスの呟きにシエラが答えた。

 魔物に襲われたと考えるのが妥当だが、本当にそうだろうか。

 襲われたにしては血痕や遺体がないのは不自然な気がする。

 俺は気まぐれな生命体のような出入り口を1番怪しんだ。

 すべての元凶であり、塞がる瞬間を見た者はいない(聞いてないだけ)。


「どうすんだこれ」

「大男、往復頑張れ」

「はぁ?グロムが持ってもいいだろ?」

「俺はフィンの指導があるからな!」


 俺を使わないでくれ。

 バッカスがグロムをジト目で睨み、やがて出発するかと荷物を抱え始める。


「ここに居ても仕方ないしな」


 と、全員がバッカスに続く。

 本当にこの壁は破壊不可なのだろうか。

 魔術が駄目なだけで物理は通用するとか。

 全員が出入り口から背を向けて歩き出したので、俺は確認せずに付いて行く。




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 9階層。

 15階層に戻るためにはルークの死んだ場所を通らなければならない。

 そういえばここを通る時、ルークの遺体を見た覚えがない。

 魔物(モンスター)の食事にでもなったのだろうか。

 いや、骨まで食うの?


 その答え合わせは一瞬でできた。

 赤色の曲がり角から、ぬらりと姿を現したのは武装したゴブリン。

 翡翠色の短剣に、大弓を携えていた。

 俺はその姿を見て理解した。

 このゴブリンがルークを食ったのだと。


「……っくそぉ!」


 飛び出したのはグロムだった。

 怒り任せの大振り。

 捉えたのは首。

 瞬殺だった。

 ゴブリンは武器と装備と魔石を残して灰に還った。


「……グロム」


 グロムにとってのルークが分からない。

 息を切らすグロム。

 やがてふぅと息をこぼすと、ルークの遺品である翡翠色に輝く短剣を拾いあげる。

 グロムは翡翠色の短剣を眺めて、頭上に電球を浮かべた。

 もしかすると、と俺にその短剣を差し出した。


「どういうことですか?大事なルークな遺品でしょう」

「この短剣はお前が持て」

「なぜですか?」


 それはルークの物であり、渡すなら家族であろう。

 それをなぜ俺に押し付けるのか分からない。


「フィン、お前はその長剣を使いこなせてないんじゃないのか?」

「……ん?」

「お前の戦闘スタイルに合ってないってことだ。それに長剣を振り回すのにどうやってもう片方の手で短剣を使うんだ?」

「……んーと、けど父さんからノクターン流を受け継いでいるので、今更変えるのは」


 この剣だけは必ず継承させてくれとのことだった。

 これはノクターン家に代々伝わる特殊な剣術であり、唯一無二と言えるだろう。

 ノクターンを名乗るということはこの剣を使うと公言しているのと同義である。


「お前は親の言うことならすべて聞くのか?」

「説教ですか?」

「違う」


 なんだその、誰々に言われたからやりました、て言い訳した小学生に対して、じゃあお前はソイツに死ねって言われたら死ぬのか?て聞かれるやつみたいなの。


「何でもは聞きませんよ。死ねって言われても死にませんし」

「なんでそんな、極端なんだよ……」

「それより、俺には人の遺品を持つのは荷が重すぎます」

「誰かが使わないとこの剣が報われないぞ。それに物に罪はないだろ」

「なら物に感情もないのでは?」

「いいから持て」


 あまりにしつこいグロムに俺はついに観念する。

 「分かりました」と手を出す。

 持ち手の部分は濃いエメラルドで刃が翡翠色に輝く短剣を目に俺は魅了される。

 ……綺麗だ。


「それは『ルミナス・リフレイン』だ。魔力を込めて振れば魔力体をはね返せる」

「……魔力ないっす」

「そうだった」


 魔力体をはね返せるって強すぎじゃね?


「まぁ、まだできなくて良いんじゃないか?」

「なんでですか?」

「武器に頼りすぎると成長しにくくなるからな」

「なるほどです」

「けど、魔力は発現させといた方がいいぞ?」

「なぜですか?」

「魔力は斬撃に乗せれば細身の女性でも怪力を出せるし、パンチに乗せれば岩をも砕く」


 魔力の発現。

 冒険者をしていればいずれできるものだろうか。

 全く魔法を扱う自分を想像できない。

 そういえばルークには魔力はあったのだろうか。

 あってもオーク相手にどうこうできるわけではないだろうが、こんな強い武器を使えれば多少調子に乗るのも頷ける。


「まぁ20階層ぐらいまで使える場面はないんじゃないか?」


 なんじゃそりゃ。

 まぁ、そうか。

 魔法使う魔物は上層にはいないし。

 じゃあやっぱルークがバカなだけか。


「今日から二刀流短剣使いだな」

「はい」




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 それから1週間ほど経った(たぶん)。

 寝床はどうしているかというと、15階層の広間に緊急でキャンプテントが張られ、そこに寝泊まりしている。

 食料の値段は格段に上がり、持ち金だけでは生き残るのは厳しい。

 圧倒的な食料不足に冒険者達は頭を抱えた。


 今までどうやって食料を仕入れていたのだろうか。

 地上から手に入れていたと考えるのが妥当だが、食料を運んでいる様子を見たことがない。

 裏道が存在する……?


 この1週間戦闘訓練は怠っていない。

 コボルトとゴブリンの遭遇(エンカウント)だけだが、なんとなく戦い方が分かってきた気がする。

 両手が短剣になったことで、振り回しやすくなったが、ただ適当に振り回せば良いというものでもない。

 長剣は判断から実行までに時間がかかるが、短剣はそのタイムラグが短いため、片方で弾いて、もう片方で攻撃をするのを意識している。

 例えば、コボルトは群れることが多いのだが、コボルトAに集中している時、コボルトBの攻撃に気づいて素早く対応できるのは短剣である。

 欠点を述べるとすれば、リーチが短い分仕留め切れないことが多々あることだろう。


 短剣には順手持ちと逆手持ちがあり、それぞれのメリットとデメリットは以前から理解しているつもりだ。


 順手持ちのメリットは、

 1.リーチが最大になる。

 2.突きが強い。

 3.攻撃のバリエーションが増える。

 デメリットは、

 1.至近距離に弱い。

 2.力負けしやすい。


 逆手持ちのメリットは、

 1.防御、受け流しに特化。

 2.ゼロ距離の戦闘に有利。

 3.力を込めやすい。

 デメリットは、

 1.リーチが短い。

 2.攻撃単調。


 今までは、左手だけでそれらを使い分けなければならなかったが、両手に持つことでそれが楽になった。

 左手に逆手持ち、右手に順手持ちにすれば、左で受け流し、右で魔石突きが簡単にできる。

 もちろん短剣と長剣の組み合わせにもメリットがあったのだろうが、俺はそれらを活かせていなかったらしい。

 いや〜良いことを教えてもらったよ。


「フィン!今のは右足から入らないと駄目だろ!」


 それよりも指導者としてのグロムがウザすぎる。

 俺はゴブリン相手に逆手持ちの短剣を振りかざす。


「今のはわざわざ入り込む必要ないだろ!」


 うん、それは俺も思った。

 だからこそクソウザい。

 自分で理解していることをわざわざ他人から指摘されるのは不愉快である。

 今はその不快感を抑えながらゴブリンとの戦闘に集中する。

 それに、急にアドバイスに対してキレたりすればそれこそゴブリンもドン引きである。

 俺は感情的になりやすい自分の欠点を思い出したかのように、ゴブリンとの合間を取った。

 仕事に私情を持ち込むという大罪を回避することに徹する。


「ぐぁぁああ!」


 ゴブリンが威嚇する。

 その威嚇にも慣れた。

 真正面から斬りかかろうとする素直なゴブリンに、俺は足を引っかける。

 横たわるゴブリンの首に、素速く刃を入れた。

 ゴブリンは断末魔を上げる間もなく、魔石を残して灰に還る。


 そして俺は知っている。

 この後に説教が始まることを。


「なぁフィン、なんで俺が言ったことちゃんとできねぇんだよ」


 別に勝ったんだからよくねぇか?

 戦闘が終わるとすぐに説教を始める。

 毎度のことだ。

 友達とか先輩ならいい人だが、指導者の立場に付くと人が変わる。

 最悪だ。


「お前は突っ込む癖ができてるぞ!ルークみたいになりてぇのか!初撃だって左足から入らず右足から入れば一撃で仕留められてたんじゃないのか?」

「……はい」


 もはや言い訳は時間の無駄。

 俺はすべてうんうんはいはいと肯定し続ける。

 コイツは短剣を握ったこともないのによく俺にグチグチ言えるなぁ。

 逆手と順手持ち替えるの結構ムズいんだぞ!

 グロムの言葉は、ビール片手にプロサッカーの試合観戦をテレビでしているオッサンぐらい説得力がない。

 なんであそこでパス出さないんだよ!俺が出てれば勝ってるだろ!と。

 第三者目線から見たら簡単そうに見えるのは当然である。

 それをグロムはえっっっらそぅに。


 俺は自分の怒りをグロムに見せないようにすべてを肯定して振る舞う。

 早くグロムの手から逃れたいという衝動に狩られていた。

 魔物(モンスター)でもここに来ればいいのに、などと思いつつ両耳は筒抜け状態。


「分かった?」

「……は、はい」


 こんな時、妻(あのひと)の思い描く理想の人間ならこの場をどうやって過ごしていたのだろうか。

 グロムの言葉をすべて脳内でメモし、分析して、正しい物だけ使い分けをする。

 いや、違う。

 グロムの前だけグロムの言っていることをする。

 これだ。

 きっとそうに違いない。

 が、俺にそんな器用さは持ち合わせていない。




---




 15階層のテント街に、魔石を加工できる店を簡易的に開いた者が現れた。

 それにより、金が手に入る冒険者が増え、地上から入荷していた魔石の街灯などの魔道具はダンジョン内に普及し始めた。

 値段はやや高め。

 それにより『価値のないお金』も多く普及する。

 地上で使えないお金にはあまり価値がない。


 鐘の模様が施された酒場。

 15階層の飲食店である『おかわりの鐘』。

 魔石の換金ができるようになり、客足は0にはならないが、途絶えつつあった。

 エルフの少女は冒険者から大量の硬貨を受け取り、会計を終える。

 たった一杯の狼肉のスープを味しめたその金髪の冒険者は今日も狩りに出た。


 冒険者達は持ち合わせていた非常食や、下層にいる魔物のドロップアイテムを食料とするようになった。

 食べられるドロップアイテムは20階層以降の魔物がドロップする。

 ただし、魔物のドロップアイテムには特殊な調理方法を施さなければならない。

 その工程が複雑な故、ダンジョン内に店があると冒険者には面倒な調理の仮定を代行してもらえるというメリットがある。


 そして金髪の少年、フィンは食料の入手方法も調理方法も知らない。

 グロムの話を全く聞いていなかったからだ。

 フィンは他の冒険者が魔道具に金を割く理由が全く分からなかった。

 どう考えても食事の方が大事だろう、と。

 道中で座り込み、何か作業をする冒険者。

 当たり前のように爆弾を魔物にぶつける光景。

 それらに憫笑の眼差しを向ける。

 最も愚かなのは自分だとも知らずに。


 金髪の少年が退店した後、エルフの店員は獣族の店員に言った。


「あの金色の少年、ほぼ毎日来ますね」

「今の金の使い方を分かってないよね〜!」


 獣族の少女ポポは机を拭きながら金髪の少年を小馬鹿にする。


「このご時世、死ぬ気で魔石集めても一食分手に入るかどうかなのに……それをほぼ毎日って……ぶふふっ!ここで一食買う金があるなら料理グッズでも買えばいいものを!」

「笑いすぎです」

「まぁまぁ、20階層に行けないにしてもテント街で食料うちより安くで買えるのにね」

「確かにそうですけど、あの方がここでお金を使ってくれないと私達はお給料がもらえませんから」

「それ遠回しにカモって言ってない?」

「……言ってません」


 ポポに呆れつつ、改めて自分達の置かれている状況もお金の使いどころがないことを理解する。


「ポポ、私達もお給料もらっても使い道はあまりありませんからね」

「はぁ……そうだった。ポポ達なんで働いてるんだろ」


 そもそも店を開いている場合じゃないとも付け足してポポはため息をこぼす。

 情緒の安定しないポポにエルフの店員は頼まれた仕事を思い出させる。


「私達ももう出ましょうか」

「ルナっちもう行くの?」


 エルフの少女ルナリエと、獣族の少女ポポは買い出しの仕事を任されていた。


「あなたも行きますよ」

「ポポも?!」

「そうマーサさんに言われたでしょう」


 自分を指差してポカンとするポポに準備をするように促した。




---




 コボルト4体の群れに遭遇。

 複数体相手に先制攻撃をしかけるのは得策ではない。

 まずは一歩目を敵に譲り、その反動で動くべきだ。

 動き出したのはコボルトA。

 殺意剥き出しの切っ先がこちらを向く。

 俺はコボルトAの腹部に向かって短剣を進める。

 コボルトAの動きが空中で止まり、そのまま地面に投げつけた。

 このコボルトAが開戦の合図だったらしく、コボルトB、Cが両サイドから距離を詰める。

 片方は長剣、もう片方は斧である。

 両方がほぼ同じタイミングで武器を振り、俺はそれに対応しようとしたその刹那……真正面から矢!

 3方向からの攻撃……俺は上体をやや後方に倒し、左手の短剣で弧を描く。

 そのままコボルトBの魔石を貫く。

 残り2体になれば簡単である。

 コボルトCを適当に倒し、最後に弓使いのコボルトを倒して終了。


 グロム達が下層に潜る間は、一人で行動していた。

 今日もたった一食の食事のために魔石を集める。

 14階層のカオス・オークの復活には半月ほどかかると言われている。

 上層に上がる分には何の問題もない。

 

 動きが段々と精錬され、コボルトの群れに囲まれても対処できるようになってきた。

 そう言えば、魔物が減ってきていたのに、最近では普通ぐらいまで魔物の量が戻っている。

 魔石を集めるには十分だ。

 魔物の出現量の変化の原因はなんだろうか。

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