やきにく食堂にて

お肉にはワサビ

やきにく食堂にて

「あっ新人クン、こっちこっち!」

「すみません、遅れました!」

「おっすー、おつかれっすー」

「オマエ〜遅いぞッ、いつまで残業してるんだよォ〜」

「先輩ベロベロですね」

「もうジョッキ5杯目なの。新人クンもビールでいい?」

「あ、僕ノンアルでお願いします」

「バッカいってんじゃねェよ新人! 飲め飲めェ〜!」

「それアルハラっていうのよ」

「こいつこの前酔ってスマホ落として、奥さんに禁酒令くらってんだぜ」

「じゃあもう離婚じゃないですか先輩」

「部長主催の親睦会をォ欠席するわけにはァ、いかんのだよ! 部長のカオを立てるッ! これ出世に必要ッ!」

「出世させないけどね。さ、ドリンクもきたことだし、面子も揃った。カンパイといこうか」

「それではご唱和下さい、カンパーイ!!!」

「……うめえ〜! っぱ仕事終わりに人の金で飲む酒はうまいッ! 部長、オレ部長についてきて良かったッス!!」

「会計は経費で落とすからまあいいとして、おまえも調子がいいやつだな。さ、新人くんも遠慮せず食べなさい」

「タン塩もういいわよー」

「あ新人、それはタレじゃなくてレモン汁で食うんだぜ」

「カルビいただきィ〜」

「あっバカ、それは表面をじっくり焼いてから裏面をサっと炙ってワサビでいただくんだよ!」

「主任は焼肉奉行なんですね……」

「トング係おまかせしちゃおうかしら」

「任せろ、どんどん注文するから紅一点も食ってくれよな」

「おいしいです主任! 旨味と脂がひろがって、残業で疲れた体に沁みわたるようです」

「ここで焼肉奉行によるやきにくクイズー!」

「よッ!! 待ってましたお奉行ッ!!」

「部位当てクイズならわたしも負けないぞ」

「ならば部長、いざ勝負! タン! マメ! イチボ!」

「舌! 腎臓! お尻!」

「ミノ! シンゾウ! コブクロ!」

「胃! 心臓! 子宮!」

「やりますね部長……ならば! チョウチョ!」

「耳!」

「ぐわあああー全部正解です」

「すごいすごぉ〜い、さすが部長!」

「部長ォ〜一生ついていきますッ!」

「ではわたしからも出題しようか。タンとは舌のことだが、一枚をニ枚にスライスしているこの精肉方法にはある由来がある。それはズバリ?」

「え、ふつうに舌が二枚あるんじゃないですか?」

「新人くん正解だ」

「オマエすげェじゃん新人!」

「実際には、っていうこの星の言葉の名残りなんだぜ。うそをついたり、矛盾したことを言って相手を惑わせること」

「へえ、そんな言葉があったのね。さすが主任」

「僕、小学校の食育の授業で家畜小屋の見学に行ったことあるんですけど、たしかにすごくうるさかったです。逃がしてくれたら大金をやるとか、できもしないことをみんなあることないこと喚いてました」

「新人、品種改良されたやつは鳴かないんだぜ。でもストレスを与えてよく鳴いてよく動くやつほどうまくなる。 皮肉なもんだよな」

「肉だけにね」

「ブハハーッ!! 部長ォさいこォーあいしてるゥーッ!!」

「あらっ、このチョウチョ、左だわ!」

「右左あるんですか?」

「そうだよ。形も味もどちらも変わらないが、左右を並べた姿が生き物の姿に似ているから、その名前をとってチョウチョというんだよ」

「部長それ俺が言いたかったっすよー」

「でもチョウチョなんて生き物、僕みたことないです」

「絶滅してしまったからね。この肉だってそう、私たちのご先祖が家畜化しなければ、とっくの昔に滅んでいた運命なんだ」

「なんだか悲しいわね……」

「……部長、その滅びの原因が“二枚舌”だった可能性はありませんか?」

「主任、それはどういうことだね」

「みんなが自分のことしか考えず、嘘偽りで他者を騙し、二枚どころか三枚、四枚あっても足りない舌で欲望のままに食い荒らした結果、この星の生命は一種をのぞいて絶滅してしまったんです」

「生き物はみな食べ物がなければ生きていけない、だからその一種も滅ぶ寸前になってしまった。わたしたちに食料として家畜化されることで生き延びられているなんて、皮肉なものだね」

「肉だけに……!」

「きみとは良い議論ができそうだよ主任」

「うるさい酔っぱらいが寝たからですよ」

「二人ともカッコいいわ!」

「僕も……デキる男になってみせる!」

「そうと決まれば腹ごしらえだ。いただきま」

「そういえばその『いただきます』もこの星の言葉っすよね」

「それなら僕も知ってます。食材に感謝して、命をいただくっていう意味ですよね。そんなステキな言葉を持っていたのに、自分たちの都合だけで食べ尽くしてしまうなんて、皮肉ですね……肉だけに」

「わたしたちも彼らのことを言えないよ。ご先祖たちがこのに移住しなきゃ、食べる物に困っていたんだからね」

「俺らは“いただきます”の精神を忘れないようにしないと……みたいに食用にされるなんてのはゴメンだぜ」

「……はいはい、辛気くさいのはここまで! 追加のビール頼んどいたわよー!」

「さッすが紅一点、気が利くゥ〜!!」

「おまえは起きなくていい!」

「僕、たくさん食べます。味わって、命に感謝して……!」

「ふっ、大切なことに気付いたきみはもう一人前だ。……それではみなさんご唱和ください。

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