手 ~夢みる妖精プリシラ~【オムニバス短編連作】

そうじ職人

第1話 その手

 どうやら「あの人」はまたジェットスクーターに乗って、この聖なる森を旅立つことになってるらしいわ。

 なんでも定期的に王国に戻って、王様の下に任務達成の報告をしなくちゃいけないんだって。


「勝手にこの世界に召喚しておいて、あんたのことを都合よく使ってるだけじゃないかしら?」

 アタイは頬っぺたを、ぶっくら膨らませながら悪態を吐く。


「そうかも知れないね。俺にだって、そんなことは分かってるさ」

 「あの人」は気にも留めないような風情でそう言い切る。


「どうせ人間の社会なんて、階層社会を理屈を付けて作ってるだけでしょ。きっと王様なんか自分の私利私欲のためだけに、身分の下の者の財貨を奪っているだけなんだわ。アタイだって昔にここに訪れたエルフに聞いたことが有るんだから!」


「へぇ――っ、プリシラが言ってるのはハイエルフのことだろ? 聖なる森にも立ち入れるエルフは、数も少ないって聞いたことが有るよ」

 「あの人」が感心しきりに何やら頷いて見せる。


「もういっそのこと王様をボコボコにやっつけて、あなたが新しい王様になれば良いんだわ」

 プリシラは透き通るような羽根を陽光に煌めかせながら、空中でボクシングのポーズをとる。


「だけど人間相手に殺し合うワケにもいかないだろ? それは人間の社会ではクーデターって呼ぶんだ。それだけじゃ、いくら俺が慎ましく生きたとしても、社会の構造自体は永遠に変わらないんだよ。それに……」


「それに?」

 アタイは、あの人の目の前に回り込む。


「ああ、忘れてくれ。俺も時々迷うことが有るんだよ」


「なになに? 悩み事ならなんでもアタイに相談すると良いわ。こう見えても立派な妖精族の女王なんですからね!」


 その言葉に苦笑を浮かべながらも、小さく「ありがとう」って言ってくれたの。

 アタイも心からの感謝の言葉か? どうかくらいは、聞いただけで分かっちゃうんだから。

 ちょっとだけ鼓動が早くなって、嬉しくなっちゃったわ。


 それと同時に「あの人」の悩みに見当が付いちゃって、少しだけ悲しくもなったのよ。


「王都への報告なんか、このトマト……魔導ゴーレムに任せてあんたはのんびりしてれば良いのよ!」


「今のままで王都に向かったら、街中がパニックになっちゃうよ」


「だったら、もっと小っちゃくして人間くらいの大きさにすればいいんだわ!」


 アタイの何気ない提案に、「あの人」は目を煌めかせてこう言ったのよ。


「その手があったか!」



***



※連作前話:お天気回路 ~夢みる妖精プリシラ~【オムニバス短編連作】

 https://kakuyomu.jp/works/822139842670761934

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2026年1月16日 12:12

手 ~夢みる妖精プリシラ~【オムニバス短編連作】 そうじ職人 @souji-syokunin

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