自由の翼
僕が城に来て三年が過ぎた。
羽根は綺麗に生え変わり、僕の体も少しは成長しただろうか。
モナお姉さまは、見違えるほど美しくなった。ぺたんこだったお胸も、両手で覆い隠せないほど大きくなったという。
「ハル、あなたは自由よ。どこか遠くへお逃げなさい! これは命令です!」
「嫌です! ボクはお姉さまのそばをうぐっ!?」
隷属の首輪が光り、僕の首を締め上げる。主人の命令に背けば命はない。
「お願い、ハル⋯⋯モナの最後のお願いをきいて? ねっ?」
「わかり⋯⋯ました。ならばお姉さま、最後にひとつだけ、僕のわがままを聴いてもらえるでしょうか?」
「ええ、モナが何でもきいてあげるわ? チュウしてほしい? ハグがいいかな? あっ、両方よね? うんうん」
そう言って両手を広げた。え、本当に?
「⋯⋯僕の決意が揺らぐような魅力的な提案ですが、どれも違います」
「ええ〜っ!? ハルってば、まさかモナの躰を⋯⋯あなたもオトナになったのねっ!?」
広げた諸手で自身の躰を抱きしめた。
「くっ⋯⋯それも魅力的ですが、違います! お姉さま、この首輪を外してもらえるでしょうか?」
さすがにわがままが過ぎただろうか。お姉さまが黙ってしまった。お姉さまは目を瞑ってひとつうなずくと「いいですよ」と小声でつぶやいた。
「ありがたき幸せにございます。これで堂々とあなたを拐って逃げられますね♪」
「うふふ♪ 魅力的な提案ね? でも、すぐに捕まって二人とも打ち首だわ」
「僕はそれでもかまいませんが?」
本気だった。
「あはははは!」
ぎゅう。
僕を抱きしめて。
「バカね」
ちゅ。
と頬に口づけをくれたお姉さま。
いま一度抱きしめて、僕から少し離れるとスルリ、首輪を解いた。
「拐っても⋯⋯いいですか?」
ふるりと首を振った。
「ダメよ」
横に。
僕には『手』が無い。
大きく伸びた羽でお姉さまを包み込み、お姉さまは僕の背中に手を回した。
「ハル、生きてちょうだい?(私の分も)」
「ええ。生きましょう、貴女のために」
最期にお姉さまは、とびきりの笑顔をくれた。
つもりだろうが、僕にはその背中まで透けて見える。儚くも切ない、その涙まで。
バサリ。
僕は大きく翼を広げて、バルコニーから空高く翔びあがると、城の上空を旋回した。
「さようならハル!!」
遠くで悲しい言葉が聴こえたが。
僕には必要のない言葉だった。
なので返す言葉もなく、僕は城をあとにした。
その後間もなく、姫は帝国へと旅立った。きっともう、王国に戻ることはないだろう。
噂によると、帝国のイノマルス・ブタペスト第一王子、もとい、イノブタは女性を使い物にならなくなるまで貪り食うのだと言う。なので、まさに使い捨てのように女中たちは入れ替わるのだとか。
モナお姉さまは、王国存続のため、それを承知で旅立ったのだ。帝国の脅威に抗うことが出来ない弱小国の生き延びる手段としては、他に手段が無かったのだろう。
結婚の儀、当日。
帝国の城前広場にて、モナミュール王女殿下と帝国イノマルス・ブタペスト王子殿下の婚礼の儀が、大々的に行われた。
式台の上でイノマルス・ブタペスト王子殿下がモナミュール王女殿下の登場を待っている。
大歓声とともに現れた王女殿下は、周囲がため息を漏らすほどに美しく、気品に満ちていた。
だが、王国からの親族は誰一人として参加しておらず、モナミュール王女の側近にして執事のセバスチャンが代行としてエスコートしている。
「ぶひゃひゃひゃっ、ふひっ! ついにこの時が訪れたな、モナミュール王女殿下! 今宵は特別にかわいがってやるからな!? ぐふふっ⋯⋯」
バージンロードをうつむき加減に歩く王女殿下。壇上に登る足取りが重い。
ついには登りきり、イノマルスの前まで歩み出た。
満を持して誓約が行われる。
「新婦モナミュールよ。全知全能の神アダモスフィアの名のもとに、新郎イノマルスにその身の全てを捧げ、裏切らず、恋い、尽くすことを誓いますか?」
「⋯⋯誓います」
「新郎イノマルスよ──」
「──あ〜、はいはい。省略省略! 次!」
⋯⋯。
「では、新郎より誓いの指輪を新婦へお贈りください」(ブタペスト帝国では男尊女卑の傾向が強いために、男性が女性を独占する意をもつ)
リングピローに大きなプリンセスカットのピンクダイヤモンドが嵌め込まれた指輪が用意された。
リングピローより新郎が指輪を受け取ると、新婦は左手を差し出した。
よく見なければわからないが、差し出された手は細かく震えており、薄いベールに透けて見える顔は強張っている。
「ぶひゅっ。モナミュール! これでお前はボクちんの
鼻の穴を目一杯膨らませて、頬に付いたたっぷりの脂肪を持ち上げた王子。
ビュウッ!
刹那、王子のパッツン前髪が風に煽られて、脂ぎったおでこが顕になった。
バサアッ!! 王女の頭上に大きな影が差す!
「モナミュール王女殿下は僕がいただいた!」
どこからともなく現れた一羽のハルピュイア。
モナミュール王女殿下の両肩を掴んで空高く羽ばたいた!
「ハル!?」
「僕はモナの『翼』だ! 君の行きたいところまで連れてってあげる!!」
「ハルと一緒ならどこでもいい! 私を遠くまで連れてって!!」
「まかせてっ!」
ギュン、と一瞬で矢も届かない上空へと飛翔した。
「誰か! 誰でもいい! ヤツらを殺せ!! 報奨金ならいくらでも出す!!」
どこからともなく現れた衛兵が、弓矢や魔法を駆使してハルピュイアへと放った!
しかし、どれも届くことはなかった。
「くっっすぉおうっ!! 僕はしぃっつくぉいずぉおおっっ!!」
頬から伝う汗が、顎から糸を引いて、風に煽られて長く、さらに長く、遠くまでたなびくほど粘着質な声が、会場にむなしく響き渡る。
その汗が長い時間を経て、ようやくぽとりと落ちた、その頃。
「モナお姉さま」
「うふっ。『お姉さま』はもう要らないわ、ハル?」
⋯⋯。
「いえ、モナお姉さま。僕はハルピュイア。いくらあなたを恋い、慕っていても、この想いが形になることはございません。ならば姉弟のままで⋯⋯」
「ハル! それは違うわ! 種族の問題なんて!」
「僕はこれまで、その種族の問題で悩まれてきたのです。あなたや生まれてくる子にその苦しみを与えたくありません!」
ジタバタとお姉さまが暴れ始めた。
「お姉さま、危険です! 大人しくしてください!」
「死ぬ! 死んでやる!! せっかく自由になれたのに! あなたを好きになれないなら、生きてる意味なんてない!! アイツの人形と同じよ! 死なせてっ!!」
カブッ!
「痛っ!? あっ!!」
いけない、放してしまった!
「ハル! 私はあなたを愛してる!! たとえ種族が違っても! 死んだとしても! あなたを愛してやまないわ!!」
落ちてゆくお姉さま
ボクを求める『手』
でも
ボクには『手』が無い
「モナ! 君が僕の『手』になってくれるなら!」
「なるわ!」
「僕がモナの翼になる!」
「いいえ! ハルは私の
そうだった
君の『手』が
僕を自由にしてくれたんだ!
今度は
僕が君を!
ガシッ!
もう放さない!
放すもんか!
「行こう! 僕たちの
─了─
僕の『手』・私の『翼』 〜ふたりの自由《そら》〜 かごのぼっち @dark-unknown
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
参加中のコンテスト・自主企画
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます