レッド・アビリティーズ ・アンド・スキルズ

黒乃千冬

レッド・アビリティーズ・ アンド・スキルズ

 

 前に一度指摘したのに、マリサはやめない。

 友達だから言いづらいし、他の人は嫌だと感じないかもしれないし、マリサの些細なクセを自分が嫌だからって指摘したことで、マリサとの関係が悪くなるかもしれない。


しかし色々考えた末、

「ごねんね、マリサ。ずっと言おうと思ってたんだけど、その、人差し指で人を指差しながら笑うクセ、やめてくれないかな、本当にごめん、私それすごく苦手で」


 皆と話している休み時間を避け、放課後に呼び留めて、廊下の隅っこで初めてマリサに伝えた。

 マリサは一瞬ビックリした顔をしたが、すぐに笑顔になって、

「なんだ~ユイちゃん、あんまり真剣な顔して話があるなんて言うから、何かと思ったら、ごめんね、つい出ちゃうクセなんだ、気をつけるね」 


 嫌な顔をされるかと思ったが、案外軽く受け留めてもらえて、気をつけてくれると約束もしてくれた。


 それなのに、そんな会話をした次の日なのに、やっぱりマリサは変わらなかった。

 クラスメイトの5、6人で会話している時、会話が盛り上がると何度も話題を振った子を指差して笑う。

 昨日話したのに忘れてしまう、クセだからつい出てしまう。

長い間そうしてきたものが、少し言われたからといって、直るわけがないのかもしれない。私は指差しが気になって、皆が話している内容も頭に入ってこなかった。



 

「ねえユイどうしたの? 今日、笑ってないね」

 中学から同じ高校に進学したユキナが、学校の帰りに寄ったカフェで私の顔を覗き込んだ。私はクリームの乗ったラテのカップに口を付けた。甘く温かい液体が喉から胸の内側を流れ、少しほっとする。

 「うん、ちょっとね、私の嫌なコトをする子がいてね、一度やめてって言ったんだけど、やめてくれなくて」

 「えっ、やめてって言ったのに、やめてくれないの?」

 ユキナはさっきまでいじっていた、ロングヘアの毛先から指先を放すと、大きな目を見開いて顔を強張らせた。

 「クセみたいなものだから、きっと悪気はないんだろうね」

 「それでもユイが嫌がるのに、やめないなんて、わざとじゃないのかなそれ」

 「どうかな、でもマリサとは仲良いし」

 「あ、マリサちゃんなんだ、ユイに意地悪するの」

 クラスも違うし、接点のあるはずのないマリサを、なぜかユキナは知っていた。

 「ユキナ、マリサを知ってるの?」

 「部活、同じなんだよ、ちょっと前に入部してきたよ」

 「え、マリサが美術部に?」

 「そうだよ、美術部に」

 マリサが美術に興味があるなんて信じられなかった。それにずっと帰宅部だったマリサが部活動を始めたのも、知らなかった。

 「マリサって美術に興味なんかあるの? 気になる男子が美術部にいるとかじゃないの?」

 「今、美術部は女子だけだよ。それにマリサちゃん、すごく絵が上手いんだよ」

 「へえ…そうなんだ」


 ユキナの話では、マリサは小学校から絵画教室に通っていて、中学も美術部だったが、高校に進学してからは塾通いを優先するために、部活には入らなかった。

 しかし両親を説得した結果、念願の希望する美術大学を受験する許可を得られ、美術部にも入部を決めたのだそうだ。

 「でもさ、ユイに意地悪する子だなんて信じられないし、がっかりだな」

 ユキナは別れ際、マリサについてそう呟いた。



 

マリサはいつもロングヘアの両サイドの髪を、耳の上の高い位置で結んでいて、皆で会話している時、あの指差しを見る度に、私は心の中で、ツインテールバカと呼んでいた。

 キャアキャア騒いでバカな話ばっかりするくせに、成績は学年でいつも上位だった。

 小柄だがしなやかで形の良い、ほっそりとした色白の手足に、余計なものが何もない儚げな華奢な体型と、まるで人形に温かな表情を加えたような、美しい顔をしている。

 今までにそれぞれ違う男子に告白されている様子を見かけたのは、一度や二度ではなかった。マリサがその度に断るのは、他校に恋人がいるからだ。


 

 少し前の放課後、帰宅途中に例の背の高い彼氏とマリサが、一緒に歩いているのを目撃した。制服ですぐにF高の男子生徒だと分かった。F高といえば、この辺りでは良い大学に入る子は皆F高だと言われるくらい、優秀な生徒しかいない男子校だった。


 正直、マリサには欠点が無かった。

 それに上乗せされたのが、絵が上手だから美大を目指す、という新しい美点だ。

 家族もそれを応援してくれているなんて、世の中はなんて不公平なんだろう。


 


また次の日も指差しをやめないマリサを、部活動も終わった放課後の女子トイレで呼び留めた。あいにく今は他に誰もいない。

 「ねえマリサ、指差しやめてって言ったよね?」

 「ごめん、私またやっちゃってた? クセだからなかなか直らないかも、ごめんね」

 マリサは洗った手をハンカチで拭いながら、こちらへ振り返った。どうしようか揺らいでいた気持ちは、マリサの前髪に留められていたヘアクリップで一気に噴火した。それはユキナと同じ、小さなピンクの蝶の形をしたヘアクリップだ。

 「キャッ!」

 マリサが悲鳴をあげると、まだ手に持っていた白いハンカチが、血に染まりながらトイレの床に落ちる。

 私はカッターナイフをマリサの手に振り下ろし、指の一本でも切り落とせたら最高だと思っていた。カッターの刃が当たったのは、手のひらだったが、床のタイルに滴る出血の量から、そこそこ深い傷を与えられたようだった。



これ以上またキャアキャア悲鳴をあげられて、誰かが来ても困る。

「それ、私がやったんじゃないから」

 そう言って私は立ち去ろうとしたが、マリサが悲鳴をあげたり、騒いだりする様子がなく、不思議に思って振り向いた。

 まるで手をちょっとどこかにぶつけた程度の落ち着いた様子で、マリサは血の流れる手のひらの深い傷口を、もう片方の手で開いて、左右からゆっくり眺めると、ポケットティッシュで傷口からあふれる血を吸い取り、また傷口をゆっくり眺めている。


 「ねえユイちゃん」落ち着いた声で、傷口に目を向けながらマリサが話し始めた。

 

「本当は自分が私に指差されないから、指差し嫌なんだよね? 知ってたよ。ユイちゃん私たちと話さないじゃない。それから、こんなことしたって何も変わらないよ。私はこんな傷口、初めて見るから、お医者さんで縫ってもらう前にこうして見られて、絵を描く材料ができたし、こうやって人に妬まれるのは慣れてるんだよね。ユイちゃんみたいな人たちに共通するのはね、私みたいな死ぬほどの努力もせずに、他人を羨ましがること」


そう言って微笑むマリサが怖くて、立ち去ろうとする私の手を、マリサは血まみれの手で握って引き留めた。ぬるりと濡れた、生温かい不快な感触に吐きそうになる。

「頑張ってもこんなふうに、傷つけられるのに慣れてしまったのは悲しいけど、今のユイちゃんみたいに惨めじゃないから私」

 マリサは床に落ちたハンカチを拾うと、私の顔を見てフフフフと笑いながら、女子トイレから出ていった。



 明くる日、手に包帯を巻いて登校してきたマリサに皆驚いて、心配そうに声をかけていた。マリサは家で料理をしていて怪我をしたのだと言った。

 女子トイレの床は綺麗に掃除されていた。生徒が鼻血を出したり、運動部の生徒が怪我をしたりはよくあるので、放課後見回りの教師も気にも留めず、掃除をしたのだろう。それこそ絵の具だと思った可能性もある。


 「ユイちゃん、おはよう」

 自分の席で青ざめている私に、手に包帯を巻いている以外は、全くいつもと変わらない、明るいマリサの声が教室内を突き抜けて私を呼ぶ。私はマリサを見ることも返事をすることもできなかった。


 教室の入り口に手招きをするユキナの姿があった。その手と笑顔に気づいて駆け寄るのはマリサだった。お揃いの蝶のヘアクリップを髪に着けて。

 ユキナは重そうな画集をありがとうと言ってマリサに返しながら、マリサの手の包帯に驚いて、画集は私が家まで持つから、今日一緒に帰ろうとマリサに提案した。その間ユキナは、一度も私に目を向けずに教室を去った。







 

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