身の程

 ジルリオが三年生になった頃のことだ。

 図書館でいつものように本を読んでいるとリンと音が鳴って顔をあげる。

 ただ、いつもと違ったのはそこにいたのがジルリオではなかったことだ。


「なにか用かね?」


 おどおどとした女子生徒。

 たまにあることだ。本や参考書を探したいが、どこにあるかが分からない。または入荷したい蔵書がある場合、管理人たる私に声がかかる。

 ほとんどの場合、自分で勝手にアレコレ探したり、教師に頼ったりするものだが、こうして切羽詰まった生徒が聞きにくることもある。


 私はご覧の通り、理性も知性もあって人畜無害の魔物であり、学園理事の使い魔という身元もハッキリしており、信用の厚い後見人がいる。本来ならここまで忌避し、警戒されなくとも良いはずだが……嫌われちゃっているのは仕方のないことだ。


「あの……探してる本があって……」

「いいだろう、タイトル、もしくはどのような内容の本をお望みか答えてくれ。案内する」

「あ、はい……」


 魔法植物の歴史についてだと結構移動する必要があるな。

 私はしおりで本を閉じてから立ち上がる。


 案内自体は上手くいった。たまにしかないとはいえ、本来の業務だ。どれだけ抽象的な要望だろうと図書館にある書籍なら案内することができる。

 しかし、防音用の魔法障壁から出たせいで余計なことを聞いてしまったかもしれない。


 いつもジルリオを追っている女子生徒のグループがそこにいたのだ。


「だから言ってるでしょう? ジルリオ様にはもう、婚約者がいるのよ」

「えっ、本当ですか?」

「もちろん。そう、わたくしのことよ。家同士でも話は通っているはず。最近、逃げ回ってるのもそのせいだわ。ほら、照れ屋でしょう? あのかた」

「ジルリオ殿下は真面目なかたですものね」

「卒業までに婚約者をお決めになるという話でしたが……」

「なにを言っているの。そんなの決まっているじゃない! わたくし以外にありえないわ。だから、あまり近づかないでね。あのかたは誰にでもお優しいから勘違いしてしまいますわよ。貴女たちも無駄な期待をしたくないでしょう」

「さすがですわ! それでは他のかたがたにも身の程を弁えていただかないといけませんね」

「選ばれるのはわたくし。当然の帰結ですわ。だってあのかたのことは幼い頃から一緒に過ごしてきたのだもの。お兄様がたが家柄ですでにご結婚が決まっているのに、あのかたがここまで婚約を決めるのを迷っていらした理由は分かりませんが……」


 リーダー格らしい生徒が取り巻きたちに得意げに話している。こういう騒がしさが苦手だからいつもあの隅っこに引きこもっているというのに煩わしい。

 女子生徒を無事案内し終わり、結界内へ戻るためにその近くを通る。


「あらまあ、本当に魔物なんてこの学園にいらっしゃるのね」

「カメリア様! あまり声を大きくされては……!」

「大丈夫よ。あの魔物にはちゃあんと理事長の首輪がかかっているのでしょう? 失恋のラブレターから生まれた魔物だなんてお可哀想に。そんな出自ではきっと恋をしても決して叶わない運命なのだわ。それなのに恋多き学園で働いているだなんて、とっても惨めね」

「それは……」

「とても美しいお顔をしているのに、あんなツノや、小さくとも翼があるんですもの。お可哀想ですよね……」

「まるで伝承に聞くサキュバスという魔物のようではなくって? 服装はしっかりしているけれど、魔法使いのローブを着こなしているんじゃなくって、あれじゃあ衣装に着られちゃっているじゃない!」

「美しいですけど……その、陰気なお顔をしていらして少し怖いです」


 好き勝手に話す女子生徒たちに思わず息を大きく吐いた。

 取り巻きにしている女子生徒が何人か肩を跳ねさせて私を恐怖の宿る視線で貫いたが、気にせず席に戻る。最後まで得意げで、傲慢で、彼女たちのリーダーらしいご令嬢が私を嘲笑していたが無視を突き通した。


 ああいう手合いは関わるだけ無駄である。

 しかし彼女たちの話を聞いて以来、私の胸の中には消化しきれないものがいつまでも腹の中に残っているような不快感が存在し続けた。


 無性に苛立ちが抑えきれず、いつものように本を読もうと文字列を眺めても目が滑って何度も読み直すはめになる。

 なぜこんなにも苛立っているのか訳も分からず、私はそのままテーブルに突っ伏して目を閉じた。眠っていれば気が紛れるだろう。

 私が寝ていても、ジルリオが来たら声をかけてくるだろうし、そうすれば改めて起きて本を読めばいい。それだけだ。


 なのに、その日。夜、自然に目が覚めるまで私は誰にも声をかけられることなく、人の気配で目覚めることもなく、一人きりだった。


「腹が立つ。ほとんど毎日やってきている癖に、今日に限ってなんなんだあいつは」


 声に出して自己嫌悪する。

 なんだ、これではまるで無駄に話しかけてくるあの男が来るのを今か、今かと待っていたようなものじゃないか。そんなの私らしくはない。


「身の程を弁えて……か。それもそうだな」


 ポツリとそんな言葉をこぼして、ますます思考が深く沼の底に沈んでいくような感覚に陥る。


 開かれたままの本の上、不器用で幼稚な押し花のしおりを指先でそっと撫でながら……私は再び目を閉じた。

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ラブレターに恋は難しい 時雨オオカミ @shigureookami

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