薔薇のしおり

 ページを捲る。


 ある日、いつものように現れたジルリオはまず私に挨拶をして、なにかをテーブルの上に置いた。視線を遮られる位置に置かれたので、綺麗な手の甲の下から現れるそれを否が応でも見ることになった。


「……これは?」

「しおりだよ。いつもなにもなしに読んでいるようだから、こういうのもどうかなと思って作ってみたんだ。本についている紐だけでは不便だろう」

「私はなんのつもりだという意味で聞いているんだが」


 置かれたのは赤薔薇の花びらで作られたしおりだった。押し花にしてあるそれは明らかに手作り感があり、まさか第三王子殿下が持つようなものとはとても思えない。どころか、彼が自ら作ったというのも信じがたい話だった。このような幼稚なものをわざわざ作るような性格には思えなかったが。


「日頃、貴女に匿ってもらっている感謝を伝えたくてね。侍女に聞いたら、本を読む女性ならこういうのがいいんじゃないかって教えてくれたんだ」

「ははあ、君、その侍女にからかわれているんじゃないかい? 王子殿下相手にそんなことを吹き込むとはなんて侍女だ。いいかい、君みたいな身分の者が気軽に人様にプレゼントなんて贈るもんじゃないよ」

「ええ、そうかな……」

「君、他の子にもこんなことをしているんじゃないだろうね? それで惚れられて追いかけ回されているというのなら、同情の余地もない。今すぐここから追い出してやってもいいんだぞ」

「いや……そんなことはしていないが……」


 なんで真面目に私はこいつのことを注意してやっているんだろうか。

 呆れ返って言葉も出なくなる。

 王子殿下のわりに甘やかされて育っているのだろうか。本人の表情を見るに完全に善意なのだと分かる。


「……君が女子生徒に追いかけられる原因がそこにないのならいい。だが、気をつけたほうがいいよ。女の子はプレゼントを貰うと喜ぶだろうが、それと同時に気があるのかもしれないと勘違いすることもある。そうして手紙を送り、散っていった恋を私はいくつも知っているから」

「ああ……すまない、浅慮だったかな。迷惑だったなら俺が自分で使うよ」


 説教くさくなってしまっただろうか。内心で反省していると、ジルリオがしおりを再び手に取ろうとしたので、私は置いてあったしおりをサッと手に取った。


「使わないとは言っていないだろう」

「今、そういう流れだっただろうか……」


 困惑を浮かべている彼に、あまり年寄りのように説教をするのは気が進まないのだが……こればっかりは言わなければならない。それは彼のためでもあるし、学園の生徒たちのためでもある。


「君の感謝の気持ちはありがたくいただくよ。ただ、今後は気をつけたほうがいいよと忠告しているだけだ。図書館に引きこもっている私ならともかく、同じ学生の娘さんたちならば、このような自作のプレゼントを所持していること自体が危険になる。君がこれを持っていた事実と、その後に他の娘が持っている事実があると、妬まれる恐れがあるからね。君にその気がなくとも」

「そうか、すまない。そこまで考えが及んでいなかったようだ」

「恋愛ごとは恐ろしいからね。その末に生まれた私が言うのだから、間違いない。もう少し慎重になりたまえ。君のその善意は美徳だがね」


 妙な空気になってしまった。

 私はしおりを手持ち無沙汰にひらひら揺らしながら、彼から視線を逸らす。


「年寄りくさいことをするのはここまでだ。さて、気を取り直して私は本を読む。気まずいなら、今日のところは帰るといい」

「いや、今日は異種族間の生活の融和について歴史の勉強をする予定なんだ。前の席をいつも通り貸してもらうよ」


 思わず私はため息を吐いてしまった。


「……図太いやつだ」


 それでもジルリオが逃げ帰るようなことはなかった。


 ページを捲る。そして最後に、彼から貰った薔薇のしおりを挟む。

 お貴族様のやることだから、しおりにも薔薇の香りが焚きつけられているかと思ったが、鼻に近づけてみてもそういった趣向はされていないようだ。

 もし香りなんて付けられていたら本のしおりとして使用しなかったのだが……そうではないようなので問題ない。


 それからまた半年。

 私の読書の傍にはいつも薔薇のしおりが鎮座することになった。

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