燃え残る骨
望乃奏汰
📚
小説家が殺される事件が立て続けに起こった。
その被害者の全てが所謂「ベストセラー作家」であった。
有名な文学賞の選考会、出版社の創立記念パーティ、大規模な同人即売会、書店でのサイン会やトークイベント、犯行はあらゆる場所で行われた。
犯人はすぐに捕まった。
その容疑者の取り調べ担当になった。
「で、なんでこんなことしたんですか。小説家になにか恨みでもあったんですか。」
目の前の男はいかにも文学青年といった感じで長い前髪の間から細いシルバーフレームのメガネ越しに虚ろな一重の目が覗く。
「恨みなんて、そんな、僕は寧ろ先生たちの作品が大好きでした。」
「では、何故?」
「友人、いや、僕だけが一方的にそう思っているのかもわかりませんけど、彼に僕の好きな作家の本を読んで欲しかったのです。」
「ちょっと、よく分からないんだけど。」
「半年ぐらい前ですかね。」
以下は容疑者の供述である。
その日も好きな作家の新刊の発売日で大学の帰りに駅前の本屋に寄ったんです。買った本を駅裏の地下にある喫茶店で読むのを楽しみにしていて、いつものように喫茶店のドアを開けたら先客がいたんです。
カウンターに座った彼が読んでいたのは僕が大好きな作家の作品でした。その作家は1ヶ月前に亡くなったとニュースで見たばかりで、本当にそのときは心に穴がぽっかりと空いてしまったみたいな気持ちになりましたよ。だから、思わず、彼に話しかけたんです。
彼はその作家の本を読むのは初めてだったらしく、作家の死を悼む僕の話を不思議そうな顔で聞いていました。
ひとしきり僕の話を聞き終えると、彼は言いました。
「でも死んでしまったらもう、そこには言葉しか残らないですよね。作品は作者が死んでから真に完成すると思います。燃え残る骨こそが文学の本質ではないでしょうか。」
そのときは彼の言っていることが正直よくわからなかったです。でも、それから何度か喫茶店で顔を合わせるようになって、本の話なんかもするようになりました。でも彼は新刊本を読まないんです。なんでも、死んだ作家の本しか読まないってルールを決めているらしくて。彼はこんな事を言っていました。
「生きている作家の小説には作家自身がべったりと貼り付いている。作者が感想を求めてきたり、売上のことを言ったり、スランプの愚痴を言ったり、それならまだマシだ。政治的信条を述べたり、おかしな陰謀論を唱えたり、極めつけは不祥事を起こしたり。本人だけじゃあない。作家の熱心なファンが作家を祭り上げて、まるで宗教みたいに。そんなものが常にノイズとして『物語』の邪魔をする。だから僕は死んだ作家の本しか読みたくないんですよ。」
そのとき、僕は初めて、以前彼の言わんとしていたことが分かった気がしました。今ってSNSの時代だからこそ、余計なものが見えやすいのかもしれません。とはいえ、僕は有名な読書ブロガーやインフルエンサーの勧める本を参考にして本を買ったりしますし、雑誌の書評なんかも参考にします。新しくこの世に溢れる物語にも素晴らしいものがたくさんあることを知っているんです。
だから、彼が死んだ作家の本しか読めないことが正直勿体ないと思いました。彼自身は全然気にしてないようでしたが。
僕は正直友人が全然いなくて、本を読むことで救われてきた人間です。周りに本を読むような人間も全然いませんでしたから、だから喫茶店で彼と本についてたわいもない話ができることが、とても嬉しかったんです。
でも、彼が生きている間に、僕と同じ本についての話をどれだけできるのだろうと考えたとき、新進気鋭のあの作家の作品に対して彼がどんな感想を持つだろうかと考えるたびに、僕は共通の話題がもっと欲しいと思ったんです。だから、生きている作家を死んだ作家にすれば、彼の読める本が増えると思ったんです! 最新の話題作やあの有名な文学賞の候補作の話も! それは今よりずっとずっと彼と仲良くできると思ったんです! いい考えだと思いませんか?
だから選考会の料亭や祝賀会の行われているホテルの会場を爆破しイベントの出待ちをし、打ち合わせの喫茶店にも待ち伏せて作家を殺して回りました。
でも派手にやり過ぎましたね。彼は読んでくれたでしょうか。僕が大好きな、去年出たあのベストセラー作品を。刑事さん、どう思います?
「いや、普通にキモいよ。」
燃え残る骨 望乃奏汰 @emit_efil226
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