一月十五日 いちごの日
今日は、あなたの誕生日。
白いテーブルの上に、小さなショートケーキを置く。たったそれだけで、無骨で無機質な研究室が可愛らしく華やいだ。
出不精な私が、今日くらいはと気合を入れて人気のパティスリーで並んで買ったケーキ。美しく整えられた生クリーム、鼻腔をくすぐる軽やかな甘い香り、そして、ああ、玉座に座った王様のような、大粒でピカピカのいちご!なんて美味しそうなのだろう。
「さ、ちゃんと見て。なんたって、今日は特別な日なんだから」
あなたは何も言わない。
そんなことはわかっているけれど、ボルテージが上がりきった私はもう誰にも止められない。美味しいは無敵なのだ。
「いちご、とっても赤いね、宝石みたいだね。
私はね、この色を見るだけで甘いって感じるの。
共感覚、って言うんだよ。不思議だよね」
あなたは何も言わない。
でもきっと、このいちごの赤さは記憶に残してくれただろう。
私と同じように、感じてくれるようになれば嬉しいな。
ケーキにフォークを入れると、しっとりとなめらかなスポンジが顔を覗かせた。
断面から、じんわりと甘い匂いが立ち上る。うわーっ!
もう我慢できなかった。ほとんど衝動に任せて私はケーキを一口頬張る。
……幸せを形にすると、きっとケーキになるんだね。だってこんなに幸せなのだもの。私は思わず立ち上がってガッツポーズを取ってしまった。今なら歌だって歌えそうだ。
ラボでは才女で通っている私が、みんなには見せられない姿。さっきからもう、ずっとテンションがおかしい。人気のパティスリー、恐るべしだ。でも、さすがに少し恥ずかしくなってしまった。
「……いまのは見なかったことにしてね」
記憶に残っちゃったら、恥ずかしいなあ。
でも今日は、いいでしょう。 なんといっても、今日はあなたの生まれた日なんだから。
「ねえ、生まれてきてくれて、ありがとうね」
声に出してみて、少しだけ照れた。 こういう言葉は、あまり得意じゃない。
あなたは何も言わない。 それでも私は、フォークをくるくる回しながら、続きを話している。
「正直に言うとね、少しだけ怖かったの」
ケーキの上のいちごを、つん、と突く。 生クリームが少しだけ崩れた。
「ちゃんと動いてくれるかな、とか。 うまくいってくれるかな、とか」
あなたは何も言わない。 でも、確かにそこにいるのだ。
「まあ……そうなったら、そうなったで考えればいいか」
私はそう言って、またケーキを一口食べた。 染み渡るような優しい甘さを、味蕾にそっと預けていった。
「だから今日はさ」
ケーキ部分を食べ終えた私は、最後に残ったいちごにフォークを突き立てる。
ぷつり、と表面に穴を開ける小さな感触が手の中に残った。
「うまくいくとか、役に立つとか、 そういう話は、ちょっとお休みにしようか」
そして私は、皿の上から失われていくいちごの甘みと酸味を惜しむように、ゆっくりゆっくりと噛み締めたのだ。
「さあ、明日も忙しいよ。 いろいろ始まるし、いろいろ決めなきゃいけない」
それでも、と続ける。
「今日は、いい日だったよね」
あなたは何も言わない。 まだ、何も言わないのだ。
「だから明日も、この世界はとっても楽しいよ」
生まれてきてくれてありがとう。
1月15日は、いちごの日。
そして、あなたの誕生日。
某月某日 イノエ @inoetan
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