櫻庭ぬる

恋のお話会

みなさん、今日は集まっていただいて、本当にありがとう。

どれも素敵な恋のお話でした。


今の洋子さんのお話なんて、とってもドキドキしたわ。

本当、普段の成績優秀な洋子さんからは考えられないような‥‥‥。


あぁ、まだ顔が熱い。

みなさん、普段は顔にも出さないけれど、いろんな秘めた経験をなさっているのね。


それに比べたら、わたくしのお話なんて本当、子どもじみてて。

でも、みなさんが胸の中に秘めていたことを、こうしてお話してくださったんですもの。

わたくしもお話しますね。



          ♦



わたくしは子どもの頃から夜になると妙に不安になって、眠れないことがありました。

起こるかどうかもわからないことを考えて、そうなったらどうしようと、怖くなってしまうのです。

時にはしくしく泣き出してしまうこともありました。


でも、そんなときは、お兄さまがわたくしが眠るまで手を繋いでいてくれるのです。

もちろん、毎晩とはいきませんが。


えぇ。そうです。

わたくしには兄はおりません。

お兄さまは昔からうちに仕える使用人の孫で、わたくしより八つ上。

けれど、わたくしはお兄さまのことをただの使用人の孫とは思っておりませんでした。


そうです。

わたくしはお兄さまに特別な感情を抱いていたのです。


やだ。ふふ。

恥ずかしい。

人に話すのってこんなにも恥ずかしいのね。


お兄さまの、自分よりずっと大きくて温かく太い指に、しっかりと自分の手が包まれると、わたくしは安心してすぐに眠ってしまうことができました。


その安心がやがて恋心になったというのは、今思えばとても自然なことだったように思います。


どんな人かって?

そうね。

とってもハンサムだった。

そして、いつも難しい本を読んでいたわ。

わたくしはしょっちゅう「何の本を読んでいるの?」と聞きましたが、お兄さまが簡単に説明してくれる内容すら、さっぱりわかりませんでした。

「そんな難しいお話はわからないわ」というと、笑って、子どもに聞かせるようなお話をその場で作ってはお話してくれました。


それに、植物や動物がお好きで、良くお庭の薔薇を、丹念にお手入れしてらっしゃった。


時々、薔薇に嫉妬したわ。

あの薔薇に触れている時間さえ、わたくしのものにならないかしら、と。


あら、絹代さん。

今抱きしめたクッション。

わたくしの大切なものなのですよ。

ふふ、怒ってやしないわ。

とってもいい抱き心地でしょう。


いいのよ、使って頂戴。

わたくしも、お兄さまから卒業して、大人にならなくっちゃ。


それはね。お兄さまがくれたクッションなの。

自分はもう今迄のように手を繋いでやれないから、これを抱いてお眠り、と。


あぁ。ごめんなさいね。

涙が勝手に…。


そう、わたくしの幸福な時間は終わったのです。

お兄さまは、どこぞのお家にお婿に行くことになりました。


今にして思えば、お父さまがわたくしとお兄さまがどうにかなってしまいやしないかと心配して決めたことだと思います。


みなさん、そんな顔しないで。

わたくし、みなさんのお話を聞いて、初恋ってやっぱり成就しないものなのねって思ったの。

さっきも言ったでしょう。

わたくし、大人にならなくっちゃ。


でもこれはずいぶん前のお話だもの。

この頃のわたくしは本当に子どもで、未熟でした。


どのみちお兄さまがいなくなるのなら、せめて、わたくしの近くにいるようにしましょうって思ったの。


お兄さまがこの部屋に来た最後の夜。


わたくしは、お兄さまを――。




          ♦



ねぇ、絹代さん。

お兄さまが傍にいると、なんだかとっても安心しませんこと?


なんのことかって……。

だって、絹代さんが今一番近くにいるわ。

ほら、そのクッション。


あんまり大きいと難しかったので、手だけになってしまったけれど。

でも、それでよかったのよ。


わたくしはお兄さまと一緒。

お兄さまは薔薇と一緒。


あれ以来、薔薇が一層美しく咲くようになった気がするの。


あぁ、やっぱり。

絹代さんも眠ってしまったわね。


わたくしも毎晩、お兄さまの手を傍に感じて、ぐっすりと眠れるんですのよ。

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櫻庭ぬる @sakuraba_null_shi

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