天気村

時輪めぐる

天気村

今年の八月、天気村村役場の会議室に役場職員、総勢五名が集まっていた。皆、眉間にしわを寄せ、腕組みをして、窓の外に広がる田を見詰めている。東の『雨』の田は既に殆ど収穫されて静かなのに対し、西の『晴れ』の田では『晴れ男』『晴れ女』達が騒々しく叫んでいる。

「「「のうてんき、ぱわー!」」」

「「「のうてんき、ぱわー!」」」

「静かにしないか」

水やり担当が、ホースで放水を始めると、『晴れ男』『晴れ女』達はゴボゴボと口ごもり、しばらく静かになる。

その様子を役場の会議室から見ていた一同は溜息を吐いた。

上座に座る村長が、椅子を軋ませ重い口を開いた。

「どうすっか、これ」

誰もすぐに答えられなかった。

「無いものは、無いっすよね」

若手職員の言葉に、隣の年配職員が、黙って頷いた。

今年は『雨』の申し込みが殺到し品薄になり、『晴れ』の在庫は山積みだった。

「でもよう、こんなに日照りが続くなんて、誰も予想してねぇだろう?」

村長は自分の責任を逃れる様にぼやく。

「来年は『雨』と『晴れ』の作付けの比率を変えますかね」

年配職員が同意を求める。

「時間の無駄です。代替品を探しましょう」

合理主義者を自称する中堅職員は、指先で眼鏡をクイッと上げた。

「こらっ、寝るな!」

年配職員が、末席の新卒採用職員に注意するが、もう一人、もうすぐ定年を迎える雲井には声を掛けない。雲井は、ずっと黙って腕組みをし、天井を見上げていた。いつもの様に近寄りがたいオーラを纏っている。

「収穫期がもう少し後にずれてたら、『晴れ』の申し込みもあったっすよね」

「これ以上置くと、とうが立っちゃうな。そうなると、使い物にならん」

「じゃあ、さっさと、刈り取って埋めるしかないですね」

「ふぁあああ……。あっ、すいません」

新卒採用職員が大あくびをし、睨まれて謝る。

「これまで掛かった経費がパァか」

村長は頭髪がわずかに残った頭を抱えた。


ここ天気村では、ふるさと納税の返礼品として特産の『雨男』『雨女』『晴れ男』『晴れ女』を用意している。高さ20センチほどの人型埴輪の様な形状で、『雨』は頭にカーリーヘアの様な黒雲が付いており、『晴れ』の頭には小さな太陽の様な発光体が付いている。男女の別は、成長につれ胸に浮き出る模様によって見極める。

種苗法で守られ、この国で唯一、『雨男』『雨女』『晴れ男』『晴れ女』が栽培できるのが天気村だった。


最高齢の雲井が「ふん!」と鼻を鳴らした。

彼が鼻を鳴らすのは、事を荒立て、面倒臭い事を言う時だった。「会議が紛糾する」と誰もが思い、身構えた。彼が会議を混乱させた事は数知れず、毒舌が嵐のように吹き荒れた。

徹底的に無能呼ばわりされた村長が、立ち直るのに一か月掛ったのは記憶に新しい。

雲井は『雨男』『雨女』『晴れ男』『晴れ女』を四十年以上の品種改良によって生み出し、特許を取った村の功労者である。だが、偏屈で協調性が無く、他の職員から煙たがられ、平たく言うと嫌われていた。

「……雲井さん、何かご意見ありますか」

村長が恐る恐る訊ねた。

「元凶は国の減反政策じゃろ。『雨』の作付けを減らしたから、こうなった。NOと言えないアンタのせいじゃ」

「はぁ、しかし、当時は『雨』余りで」

「責任逃れか。言い訳は聞かん。あれから何十年経っていると思っとるんじゃ。地球の気候は変化しておる」

「ぐっ」

村長は下唇を噛んで沈黙する。

雲井の存在が煩わしく思えて、皆、眼を逸らした。会議室の空気が重く静まり返った。

「まぁまぁ、今その話をしても、何の解決にもなりませんよ」

年配職員が、おろおろと、睨み合う二人の顔を交互に見た。


すると、雲井は左手の結婚指輪を触りながら、ゆっくりと立ち上がり、窓の外を指差した。

「ほれ、村長。そのちっこい目ぇ開いて、見てみい。あのうね

一同の視線が、雲井の実験農場の一角に集まる。そこには、普通なら絶対に同じ畝に植えない『雨女』と『晴れ男』が、ぴったりと隣り合って植えられていた。

雨女の頭上には黒々とした雲が垂れ込め、時折ピカッと小さな稲妻が走る。一方の晴れ男の頭上には小さな太陽が眩しく輝き、足元には乾いた土が広がっている。

「えっ、あれって……」

「分からんか? 見ての通りじゃ。雨女の黒雲と、晴れ男の太陽が当たっておる」

「当たってるって。いいんですか、それ?」

中堅職員が心配そうに訊ねた。

「境界で、雲が太陽にぶつかって、蒸発しとるんじゃ」

確かに、両者の境目には薄く白いもやが漂い、雨女の黒雲が少しずつ溶けるように消え、晴れ男の太陽の光も、やや柔らかく拡散している。

「打ち消し合ってるってことですか?」

「正確には『中和』じゃな。雨が強すぎず、晴れが強すぎず、ちょうど良い『曇り』になる」

一同、唖然とする。

「……それって、つまり」

「やっと分かったようじゃな。『雨』と『晴れ』を交互に植えれば、適度な『曇り』になる。猛暑にもならんし、大雨洪水も起こらん」

「で、でも……それじゃあ『雨男』『雨女』『晴れ男』『晴れ女』の需要が」

「単独の需要は減るかもしれん。が、今年みたいに『雨』しか需要が無いという極端な事態は避けられる。ふるさと納税の返礼品としても、『安定・曇りセット』という新しいラインナップを作れるじゃろ?」

村長が、ごくりと生唾を飲み込む。

「雲井さん。あの……これ、特許は?」

「もちろん『中和型曇り栽培法』として、もう申請済みじゃ。アンタと違ってワシは、仕事が早いからなっ」

一同がどよめく中、雲井はにやりと笑った。

「これ……いつから売るんすか」

「昨日から予約を開始した。もう300個予約が入っておるよ。事後承諾で済まんが」

会議室は静まり返った。先程まで聞こえていた新卒採用職員のいびきも鳴りを潜めている。

「ワシはな、もう『雨』か『晴れ』かの二択で振り回される時代は終わったと思うとるんじゃ。これからは『ほどほど』が求められる時代じゃよ」

雲井は何かを思い起こすような遠い目をした。

合理主義の中堅職員が目を輝かせる。

「……つまり、私たちはこれから、『雨』と『晴れ』を抱き合わせにして『曇り』も売るということですか」

雲井は満足そうに頷く。

「そうじゃ。『雨』も『晴れ』も、欲しがる人間は減らんが、ほどほどの『曇り』を欲しがる人間も爆増するんじゃないか」


相変わらず「「のうてんき、ぱわー!」」の合唱で騒がしい『晴れ』の田の横を通り、雲井は帰路に就く。

「『のうてんき、ぱわー!』か。アイツらこそ、脳天気じゃろう」

研究に没頭し、「変人」と毛嫌いされた。功労者となった今も、近所付き合いはなく、実験農場の横にある小さな住宅で暮らしている。品種改良の苦楽を共にした妻に先立たれ、子は無く、一匹の猫が家族だ。

「ただいま、ミー君」

相好を崩し別人のように柔らかな表情で目を細める。

「ほどほどの『曇り』の販売が決まったよ。アイツら、また掌返ししおった。節操のない奴らめ」

一度目の掌返しは、『雨男』『雨女』『晴れ男』『晴れ女』が完成し、全国から申し込みが殺到した時だった。

「ワシには『良い』か『悪い』かの二極の評価しかない。ほどほどが遠いよ」

『ほどほど』は、雲井の亡くなった妻がよく口にしていた言葉だ。

「何でも、ほどほどが良いのよ」

妻の言葉を聞き流していたが、いざ、先立たれてみると、その存在が大きくなっていった。

研究一筋に生きて来たから、妻以外の人間との関りもなく、寂しくて猫を飼い始めた。

「これで、ミー君も、お外を散歩できるかもしれないよ。雨は降らず、強い日差しもないからね」

ヘアレスキャットのミー君は雲井に抱かれ、曇りが村を覆うのを窓越しに眺めながら、喉を鳴らした。


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