第2話 運命のいたずらのいたずら
これまでの椎名瑞希にとってバスケは人生の全てだった。
幼い頃に地域のバスケクラブに入ったことをきっかけにバスケの楽しさを知った彼女は、毎日日が暮れるまで公園のバスケットコートで練習に明け暮れた。
友達たちは瑞希をゲームに誘ったり、駅前のゲームセンターでプリクラを撮ろうなんて誘うこともあったが、彼女はそんな友達たちに「ごめんね」と頭を下げて練習を続けた。
ストイックな彼女はバスケが上手くなりたいと思う自分を裏切ることができなかった。
その結果、中学ではバスケ部の部長を務めるまでになり、さらには試合を見に来た渚学園のバスケ部の顧問から声までかけられた。
私立渚学園のバスケ部はインターハイにも出たことがある県内屈指の強豪校である。
そんな学校の顧問に声をかけられる。彼女の努力が報われた瞬間だった。
当然ながら瑞希は渚学園への進学を選んだ。
が、高校に入った瑞希は現実を目の当たりにした。
彼女はこれまで絶え間ない努力を続けてきた。きっとこの強豪校の生徒たちを相手にしても自分が一番努力したと自負できるほどの努力である。
が、この世界には努力だけではどうにもならないことがあることを瑞希はまざまざと見せつけられた。
身長である。
瑞希の身長は155センチ。それは強豪高校のバスケ部という場所では圧倒的なハンデだった。
それでも瑞希の能力を通用すると思い監督は彼女に声をかけてくれた。
だから瑞希はその身長差を埋められるほどの技術を手に入れるために、これまで以上の努力を続けた。
が、ついに瑞希の体が悲鳴を上げる。
試合の最中、相手をかわそうと膝を内側に入れた瞬間にブチッと鈍い音がして瑞希は立ち上がれなくなった。
全十字靱帯断裂。
再びコートに立つために必死にリハビリを続けた瑞希だったが、パフォーマンスは元に戻らず、監督に肩を叩かれた。
「もう少し自分の体を労ってもいいんじゃないか?」
瑞希は頭が真っ白になった。青春の全てをバスケに捧げるつもりだった瑞希の心にぽっかりと穴が開いた。
もう辛いリハビリや練習をしなくてもいい。他の子みたいに放課後にだらだらと遊ぶのだって楽しくないわけじゃない。
けれど瑞希には何か夢中になれるものが必要だったのだ。
そんなある日、瑞希はとある男子生徒に出会った。
「今日は乙女座流星群が空を覆うんだ。きみも見てみない?」
少年に誘われて初めて上った屋上で瑞希は空一杯の帚星を見た。
そのどれもが美しかったけど、一番美しかったのは空を見上げるクラスメイトの瞳だった。
――私もバスケに夢中だったときは、あんな瞳をしていたのだろうか?
瑞希は少年の瞳に見とれるとともに嫉妬も覚えた。
自分も少年のようにまた何かに夢中になりたい。
明日の夜もまたあの少年と一緒に星空を眺めたい。
胸が一杯になった瑞希は興奮で眠ることができなかった。
その結果、つい夜更かししてしまった瑞希は数日前にオンラインゲームのパーティメンバーの募集に応募したことを思い出してDMを確認する。
『ミズオさま初めまして。私、シュンシュンと申します。もしよろしければ明日の夕方、一緒にプレイしませんか?』
最近、何をやっても楽しくないと感じていた瑞希は、中学生の弟がオンラインゲームに夢中になっている姿を見て自分も試しにやってみたのだ。
それがなかなか面白くてオンラインで他のユーザーと一緒に通話しながらやるともっと面白いとアドバイスされて試しにパーティメンバーの募集に応募してみた。
――明日か……。でも明日はもう一度、あの人と星空が見たいな。
そう思った瑞希だったが、ふと少年が口にした乙女座流星群は一週間見ることができるという言葉を思い出す。
――なら明後日でも大丈夫だよね。
考えた結果、瑞希は相手に『わかりました。では明日の18時頃にログインします。ユーザーIDは……』と返事をした。
翌日、瑞希の世界は開いた。
『ここで必殺技1を消費したら、相手は俺を狙いにくるだろ? そこで相手の注意を引いているうちにCPUに陣地を取らせるんだ。相手が俺のところに来る頃には残り時間は10秒を切っているからもう手遅れだ』
『な、なるほどっ!! それでわざわざ無駄撃ちをしたんですねっ!!』
『そゆこと』
『す、すごい……。このゲーム、やればやるほど味が出るっす』
『だろ? 他にもスキルはあるけど一気には覚えられないから、続きはまた明日教えるよ』
『明日が楽しみっすっ!! これからシュンシュンさんのこと師匠と呼ばせてくださいっ!!』
『いやいや師匠なんて大げさだよ。少し慣れればこれぐらい誰でも――』
『僕、今猛烈に感動してるっすっ!!』
弟の言う『出会い厨』対策により、ボイチェンで男声になった彼女の声が思わず大きくなる。
ゲームだってバカにしていた自分が恥ずかしかった。
バスケと一緒だ。
駆け引きがあって一瞬の隙を突いて相手を出し抜く。
そんなオンラインゲームの奥深さに瑞希は夢中になっていた。
そして夢中になるあまりに、乙女座流星群の存在も、それを眺めるクラスメイトの輝く瞳も瑞希の頭からすっかり消えてしまっていた。
瑞希が夢中になれるものを見つけた瞬間だった。
※ ※ ※
ミズオとのオフ会が決まった日から、俺は人様にお見せしても恥ずかしくない最低限のルックスを目指して努力を続けております。
毎日、数時間のジョギングと筋トレ、さらには炭水化物を抜いてタンパク質を意識した食事を続けた結果、俺の体重はみるみる落ちていった。
うむ、これなら平均的な高校生と言って良いレベルだな。
姿見を眺めながらわずかではあるがシックスパックが見え始めた自分の体を見つめる。
が、これだけではダメだ。依然としてこの無精髭とボサボサの髪、さらには洋服棚に入っているママセレクトの絶望的な私服をなんとかしないとマズい。
別に女の子に会うわけでもないのになんでここまで必死になるのか。
それはもちろん自分を師匠と尊敬してくれるミズオ少年の夢を壊したくないからだ。
だから俺は母親に「友達と会うから洋服を買うお金と散髪代が欲しい」と直談判することにした。
「と、と、友達と会うっ!?」
そんな俺の言葉に母親は危うく涙を流しそうになりながら「そんなのいくらでも出すわ。これでできる限りのおめかしをしなさい」と言って万札数枚を握らせてくれた。
ひきこもりというだけで、友達と会うだけで褒めてもらえる。
俺はその足で美容院に行き、その帰りに本屋で立ち読みしたファッション誌を参考に安い古着を買い揃える。
不登校のひきこもりらしからぬ行動力で身なりを整えた俺は改めて姿見に映った自分を眺める。
よし、完璧だっ!!
別にイケメンになったわけではないが、清潔感も出たし、まさかミズオもこんな俺の姿を見てひきこもりとは思わないだろう。
ということでオフ会当日、ミズオがお薦めしてくれた三宮を新神戸方向に少し歩いたところにあるオシャンティなカフェに入ると紅茶を飲みながら彼の到着を待っていた……のだが。
「なっ…………」
そこで予期せぬことが起こった。
椎名瑞希と鉢合わせてしまった。
瑞希はなにやらスマホと店内を交互に見やりながら誰かを探している様子だった。
そこで俺は気がつく……。
そういやこの喫茶店……見覚えがある……。
ってか、ここ漫画で瑞希と育人がよく一緒にコーヒーを飲みに来るカフェじゃん……。
そんなことに今更気がつき焦る俺だったが、ふと別にピンチでもなんでもないことに気がつく。
そもそも瑞希はモブ以下の俺の事を認知してないだろうし、普通にしていたらなんの問題もないじゃん……。
物語に干渉することを恐れた俺だったが、そもそも知り合いですらないのだからここで急に服を脱ぎだして暴れでもしない限り、物語に影響はない。
ってか、急にモブが服脱ぎだして暴れる青春ラブコメってなんだよ……。
なんて一人でツッコミを入れていると、ふと瑞希がスマホから顔を上げて俺に視線を向けてきた。
ん? どうした? もしかして俺が瑞希の高校の不登校児だって気づいたのか?
にしても抜群に可愛いなぁ……。
くりっとした瞳に通った鼻筋……。おまけに胸も大きいし、そのくせバスケをしていたおかげで他はきゅっと締まっている。
「あ、あの……」
と、そこで瑞希は俺のすぐそばまでやってくると、なにやら不安げに首を傾げながら俺を見つめてくる。
「え? あ、はい……」
俺が初めて『僕らは青く光る恒星のように』の登場人物と会話した瞬間……だと少なくともこのときの俺はそう思っていた。
「もしかして……師匠っすか?」
「はい? し、師匠?」
ん? どういうこと?
「あ、やっぱり師匠の声だ。僕……いや、私です。ミズオです」
瑞希はとても嬉しそうに笑みを浮かべてそう言った。
「ミズオ? え? お前がミズオなのか?」
「ご、ごめんなさい……。これまで黙っていましたがあの声はボイチェンで本当は女っす……。驚かせちゃいました……よね?」
驚いた……確かに驚いたけど、ミズオが想定している驚きと俺の驚きにかなりの齟齬がある。
ミズオの正体は瑞希だった……。
いやいやまたまたご冗談を…………はあっ!? 嘘だろっ!?
次の更新予定
2026年1月18日 08:00
青春恋愛漫画の不登校モブの俺、ひきこもっていただけなのになぜかオンラインでヒロインと繋がってしまう あきらあかつき@10/1『悪役貴族の最強 @moonlightakatsuki
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